private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

非連続小説

2015-03-29 09:41:59 | 連続小説

The Shortest day

「まただ… 」
「どうした?」
「第4エリアDブロック、失陥です。防衛機甲部隊3機、動作停止。ただし… 」
うんざりした顔で、隊長のタケイシがその言葉を拾った。
「その後、敵機の確認できずってことか… 連中に回収を急がせろ。それと第3エリアの警戒レベルをひとつ上げる」
 インカムをさげてオペレーターのイシダが振り向く。
「どういうつもりなんでしょう。新たな陽動作戦とか」
 タケイシは目線だけを向けて応える。
「そうやって、疑問視する時点で、すでに敵の陽動作戦にはまっている。そして効果もあるということだ。解析は進めてあるんだろ、計算ですむことは機械にやらせておけ、考えなきゃいけないのはそのアウトプットを元にどう手を打つかだ」
 イシダは小さく肯き、自分の仕事を続けるために席を正した。
――いろいろと作戦も変化していくのはあたりまえだし、膠着状態ならばなおのことか。
 上官に報告してもろくな返答はかえってこないのは目に見えている。この地点に注意を引かせて、手薄になった他の場所からの攻撃が考えられるぐらいの話ししかしないだろう。
 タケイシは通話機を取り上げた。
「オレだ。司令室まで来てくれ。いや、301で会おう。5分後に来れるか。ああ、そうだ。それはいいから。ああ、会った時に話す。じゃあな」
 もうひとりのオペレーターのシマヅが、タケイシに目を向ける。必要最小限の言葉でも、彼ら二人にはタケイシが何をしようとしているのか悟られている。それが、敵の陽動作戦に対する答えであることも。
「302に居るから、何かあれば連絡してくれ」
 何かを問われる前に、そう告げてタケイシは部屋を出ていくと、シマヅがキーボードを叩くのを止めて椅子を引き寄せてきた。
「姐さん、遣う気だぜ」
「2ヶ月ぶりだな? なんにしてもそれだけ深刻ってことか」
「深刻になる前に、隊長が決断したんだ。上に進言してもロクな指示はこない、ほかっておけば責任をなすりつけられる、だったら、自分でやるしかないからな。それも失敗すれば結局は責任を取らなきゃならないとなれば、確実な方法を選ぶしかない」
 キーボードの前に戻り、再び入力作業を始めたシマヅが小さく笑う。
「よかったな。オマエの進言は伝わって。あれでどうして隊長もオマエのこと信頼してるんだよ」
「オレも、オマエの出してくれてたデータを信頼してるからな。あとは姐さんが隊長の期待に応えてくれることを信頼するしかないだろ」
 そう言ったときには、シマヅはすでにキーボードを一心不乱に叩きつづけ、自分の仕事に没頭していた。
「へい、へい。オレもさっさと掃回作業でもおっぱじめるか。あいつらこれで3度目だからな。こってりしぼってやるから覚悟しろよ」
 右手がインカムに向かった。

 カップフォルダーからカップを引き抜き、パネルを押すと、中で豆が挽かれる音がし始める。
 いまどきは豆といってもコーヒー豆ではなく大豆だ。
 勢力地図の塗り替えられたせいで、コーヒー豆原産国との国交が断絶し、いたしかたなく国内で生産できる大豆をコーヒーの代替品として久しい。
 コップに注がれる黒い液体からは香ばしい香りが漂い、知らなければコーヒーだと思って飲んでいるだろう。知って飲めばどうしても嗜好品というよりは、健康飲料といったイメージが先に立ち、どうにもしっくりこない。
「よく飲むわね。そんなまがいモノ」
 いつのまにかドアに身体をもたせかけたミカミ・ライカいた。
 自分でもさんざんけなしておきながら、面と向かって言われると抵抗したくなる。とくにライカに言われると、それがいっそう強くなる。
「大豆はな、畑の肉といわれるほど栄養価が高いんだ。輸入できなくなった物を日本で採れる物で代用するのが、これまでの日本が歩んできた道だ。それに味だって最初の頃に比べりゃだいぶ良くなって来た。改良が続けられているからな。オマエも文句言う前に飲んでみろ」
「結構。まだ身体に悪くたっておいしいものが食べたい年頃なんでね。隊長ぐらいの年になれば、そういう考えも肯定できるかもね。それに… 」
 ライカは薄くなりかけたタケイシの生え際に視線を送った。『それに』のあとに髪の毛にも良いから、とでも続けるつもりだったのだろう。
 健康飲料なんてバカにしておきながら、そんな望みを含んだ気持ちがないではないタケイシはバツが悪く、さらに
カップに残った液体を飲み終える頃には、本当のコーヒーが飲みたくなるのが偽ざるところだった。
 代替品はあくまでも代替で、現物の価値をより際立たせるしかないのかもしれない。それだからこそオリジナルの存在理由がある。ところがオリジナルを知らない世代にしてみれば、単なる日常消費材のひとつになりさがり、比較する必要もなく、値段だけがすべての価値にすげかわっている。
 ライカがオリジナルにこだわるのが、タケイシにとって言動とは裏腹に嬉しい思いもあった。モノの盛衰が人の人生との重なり合いにおいて、貴重にもなり、不要にもなり、一切の関わりを持たないこともにもなる。それが人との関わり合いにもつながるならば、運命とだけではかたづけられない思いにもなる。
 
そろそろライカとの不毛な… タケイシの場合、あまり適切な言葉ではないので言い直すと、実のない言い合いはやめにして、そろそろ本題へ移ることにした。
「不毛な行動?」
「不審だって言ったろ」
 
ライカはそれには答えない。
「そりゃ戦いにセオリーがあれば裏をかくし、裏を読まれればセオリーで攻める。なにが常套手段で、なにが不審かなんて分か… 」
「そんなこと、オマエに言われるまでもなく分かっている。言葉ジリを取るな」
 タケイシは、ライカの言葉を切る。
 ひとつ言えば十は返してくる性格はわかっているが、付き合える時とそうでない時がある。今は前者だ。
 ライカは挙げかけた手を口元に寄せ、しかたなくしばらくは黙ってタケイチの話しを聞くことにした。
「 …というわけでな、いつまでも同じことを繰り返しているわけにもいかん」
「上が気にしてないなら放っておけばいいのに。ヘタに動いて焼けボックイに火がつけば、アンタの株も下がることになるんじゃない」
「筆頭株主でもあるまいに、オレの株価の心配までしてくれて恐れ入るな」
 ライカは笑えないとばかり両肩を上げる。
「もちろん、それもひとつの考え方だし正論だ。セオリーに反するかもしれんが、これは俺のセンスとしか言いようがない。危険を感じるし、手を打たなければ後手にまわる。ただ防御を厚くしてもまた壊滅させられるだけだ。今度はヤツラを壊滅して次の動きを見極めたい… 」
『だからオマエを呼んだ』
 この言葉はタケイシとライカが同時に口にしていた。ニヤつくライカにタケイシが顔をしかめる。
「それにしても、めんどうな戦い方よね。相手を壊滅しても、捕虜にもできない。データにも触れられない。それができれば情報を得ることができるのに。人が死ななくてよくなって戦争もずいぶんとエコロジーになったけど、どうもまどろっこしくていけない」
「古来、日本には将棋とか碁とか、欧米であればチェスとかな。庶民であっても陣地の取り合いと、王の首を取る疑似体験を繰り返してきた。力がある者は盤面で飽き足らなくなると本当に始めちまう。凄惨な戦争を何度も繰り返し、実のある部分だけを残した。誰だって、地球を破壊したいわけでも、兵隊を使い切りたいわけでもない。戦いの場は今後も必要だし、手駒の兵隊も適度な数がいる。よかったよな。人間の変りにロボットが戦ってくれて」
 タケイシの年よりクサイ話しを一通り受けてから、ライカは持論を述べはじめる。それなら遮られることもないだろう。
「昔のハナシだけど、日本には優秀なパイロットがいっぱいて、それと今と同じぐらい無能な上官がいっぱいいたから、優秀なパイロット達をコマ扱いしたおかげで、無駄死にを繰り返していった。敵国は戦闘機を廃棄してもパイロットを守ることを主眼においた。結果はアナタもしってるでしょ。それにねロボットじゃなくて、M・O・V、モブって呼んでくれない? いまどきロボットなんて言ってたら部下にバカにされるわよ。だいたい死ぬか死なないかだけで、ものごとをはからないで欲しいんだけど。負ければ戦士としての自尊心は潰える。少なくと私はね。だから絶対に負けないし、負けたらもう二度と戦えないかもしれない」
「それは失礼した。たしかに、戦士に対しての配慮と、尊敬が足りなかったようだ。しかし、オマエも歴史家きどりで結構なことだ。できればそれに物量の差も、物資の差も、世界の情勢も考慮してもらいたいもんだがな。神の手が動いたような戦争だが、所詮は最初から敵の筋書き通りだっただけだ。若干の予定外の反撃はあったものの、鉄砲玉に老朽艦を討たせて、まんまと倍返しされただけだ」
「今回の戦争も、そうだって言いたいの?」
「どうだかな。おれだって、ただのコマだからな。そんなことまで知らんよ」
「そう? 鉄砲玉じゃなくてよかったわね」
「よくいう、オマエだって、嫌いじゃないだろ」
 ライカはポケットに手を突っ込んだまま、含めた笑いを浮かべた。タケイシは話しが長くなると知ったが、それを止めることはなかった。今は後者の時間だ。
「子供のときね、いわゆるビデオゲームにはまっていた。いまでも同じようなことしてるけど… おもしろいゲームってあと少しでクリアできそうってとこで、できないってので、次こそはできるんじゃないかと思って何度も何度もチャレンジする。それでどうにかクリアできたら、もうその時はうれしくって、うれしくって。何度もガッツポーズしたり、大声を張り上げたりしてね。なによ、うれしそうな顔して。子供のときの話よ。ああ、それでね、そうまでしてクリアしたんだけど、やっぱりそんな感情も一時的でしかない。そのあとにくる虚無感たら、本当に空しいものなの。あえていえば、クリアできずにもがいていた時が一番良かったとさえ思えて過去に戻りたくなる」
「つまりは、戦争をやりたがるヤツラも同じだって言いたいのか。やってるあいだが一番楽しい。結果的に勝利してもあとには空しさが残るだけだって」
「言ってしまえば、時の権力者も同じじゃないかな。手に入らないから必死になる、あと一歩のところで後退を余儀なくされる。失敗しても諦めずに何度も挑戦する。そしてようやく手にした時には5分くらい幸せの絶頂にいられるかも知れないけど、すぐに虚脱感に苛まれる。多くの時間と、お金を費やして手にしたものは、役に立たないシビリアンと、わずらわしいコントロールだけだった」
「それでも… 」
「そう、それでも人は戦争を止めない。どうせやるなら、長く楽しんでいたい。結果は二の次でしか過ぎない」
「ふーん、オマエも一丁前になったもんだ。どうだ、ソイコーヒー飲みたくなってきたろ」
「ジョーダン。リアルを飲むから結構」
「合法か?」
「合法化? できればいいわね。 …さあ、そろそろ準備しなきゃ」
 そう言い残してライカは部屋を出て行った。お互いに少し時間をかけ過ぎたようだ。
 腕に装備してあるレシーバーを見ると5件の着信があった。中間管理職の立場が厳しいのは今も昔も変わらない。おおかたライカを使うことへの説明を求めているのだろう。
 あたりさわりのない理由をでっちあげるのは簡単じゃない。かといって真実を述べたところで相手にされるはずもないし、タケイシ自身そこは伏せておきたいところでもあった。何といわれようとも、ここまで大切に育ててきた手駒だ、安売りするわけにはいかない。そんな言い方をするとまた、将棋やチェスに引っ掛けていると、ライカに小言をいわれそうだ。
 司令室に戻るとオペレーターの二人に、時間がかかりすぎだと小言を言われた。心配することはない、俺が居なくたって、地球は回るし、戦争は続いていく。そうタケイシはつぶやいていた。
 人の快楽の終着点がどこにも有りはしないならば、そのように結論づけるのもたやすい。一時の欲望を満たすだけならなおのことだし、切り札は最後までとっておくべきだ。
 タケイシにとってのエース・イン・ザ・ホールがライカであれば、ゲームを動かしていたライカもまた、動かされる側に回っていく。大人になるということはつまりはそういうことなのかもしれない。
「ML1が防衛ラインに到着しました」
 オペレータがそう報告する。クリアできるのか、あと一歩で地団駄を踏むのか。戦いに勝利した先にある空しさを味わいたくないなら、結果は先延ばしの方がいい、それはいち兵士にとっても同じなのだ。より長く楽しみたいなら、生かさず殺さずがすべての効率に勝るはずだ。
 ライカの回線が司令室に飛び込んできた。
「敵、補足した、これより殲滅に向かう」
 タケイシの耳にはライカの声が弾んで聞えた。時間をかけるつもりはないらしい

 to be continued sometime somewhere