【バブル崩壊】
1986年から始まった日本における過去最大の好景気をバブル景気と言います。当時「土地」や「株式」の資産価値が高騰し、実際の経済からは、かけ離れた状況になっていました。バブル「泡」と呼ばれるのは、中身がないのに膨張してしまったからです。土地や株の価値が、急速に下落したことによって、景気が悪くなり、1991年にバブルは崩壊しました。その原因は、高騰した地価や株価を引き下げるために、日本銀行が「金融引き締め策」を行ったことです。銀行には、融資先の経営悪化や倒産によって、巨額の不良債権が発生しました。不良債権とは、回収困難になったお金のことです。回収出来ないお金があれば、銀行の経営も悪化し、企業に融資することも出来なくなります。
当時の経営者は、不良債権を「整理回収機構」が全部引き取ってくれることを期待していました。整理回収機構とは、不良債権の回収を業務とする株式会社のことです。しかし、経営者たちの思い通りにはなりませんでした。 当時の経営者たちの責任は大きかったとされています。都合の良い話にだけに耳を傾け、正常な判断をしていなかったからです。また、優秀な人材が、新しい商品の開発をせず、右から左へものを動かすビジネスで儲けていたことも問題だったとされています。やがて国内産業は、ものづくりの技術から、IT産業へ移りました。IT産業とは、情報関係の技術のことです。
【Windows95】
1995年は、Windows95が発売された年です。それまでのPCは、一部の人だけしか持っていませんでしたが、Windows95の出現で、誰もが持つようになりました。一般の人にも受け入れらるようになった要因は、そのわかりやすさです。Windows95は、カラーの画面にカラーのアイコンが並んでいます。一般人向けが意識され、新しく登場したのが「スタートメニュー」と「タスクバー」です。それによって「視覚的」「感覚的」に操作が簡単に出来るようになりました。また、インターネットが一般的に普及したのは、Windows95の出現によってです。そのため、1995年は「インターネット元年」と呼ばれました。
【阪神淡路大震災】
1995年、観測史上初の震度7を記録し、死者、行方不明者6400人を出した「阪神淡路大震災」が発生しました。危機管理というものが、重要視されるようになったのは、阪神淡路大震災からです。この頃「震度情報」「緊急連絡体制の確保」「災害時の初動」などが意識されるようになりました。
震災によって、整備されたものにボランティアがあります。地震発生から1年間で、約137万人のボランティアが全国から駆けつけました。その主な活動は、食料や物資の「配給」「炊き出し」仮設住宅の「見守り」などです。1995年は、災害ボランティアの重要性が広く認識されたので「ボランティア元年」と呼ばれています。阪神淡路大震災がきっかけで「耐震改修促進法」「被災者生活再建支援法」「特定非営利活動促進法」などのボランティアに関わる法整備も進みました。
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