平成館の企画展ばかりに目が向きがちな東京国立博物館で、中国近代絵画の素晴らしい展覧会が行われています。画家の名は斉白石(せいはくせき、Qi Baishi)、現代の中国で最も有名かつ人気のある画家です。日本で言うと横山大観のような知名度の高さです。
1920年代に北京に出て著名になった斉白石は、とても器用な芸術家です。書や篆刻の作品も目を見張るものがあり、伝統的な中国の芸術表現に斬新でセンスの良い表現を加えています。水墨画なのにユーモアもあります。
中国最大の美術アカデミーで、斉白石が初代名誉院長となった北京画院が所蔵する約120点が前後期に分けて展示されます。東博の後は京博にも巡回します。日本でもきっと人気が高まるでしょう。
斉白石は清朝末期の1864年に湖南省の貧農の家に生まれました。日本の画家では黒田清輝や竹内栖鳳と同世代です。木工職人として生計を立てながら少しずつ絵を学んでいきました。5度に渡って中国全土の山河を巡り、各地の書・画・詩文などの名品も見て回りました。知識人の家に生まれたわけではなく、英才教育も受けていません。芸術に対する情熱だけが、生涯彼を動かし続けたのです。
晩年の写真を見ると、まさに諸国を巡った仙人のような印象を受けます。長い時間をかけて様々な中国の芸術表現を吸収し、自らのスタイルを作り上げた斉白石の瞳には、芸術への深い愛着が感じられます。
【公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています
斉白石の水墨画は、モチーフの特徴を一目で示す鮮やかな彩色が多く目につきます。花の周りを飛ぶ蛾を描いた「工虫画冊(第一図:白花と鳳蛾)」(前期展示)は、花弁と葉、そして蛾だけが鮮やかに色付けされています。大きめの余白を空に見立てており、とても精密に描写された蛾が実に優雅に飛んでいます。余白は、右側の賛の文字列と左下の印とのバランスも絶妙で、構図の魔術師のように感じられます。
ひよこを描いた「雛鶏出籠図」(前期展示)でも絶妙の余白を見ることができます。右上から左下に向かってヨチヨチ歩きする様子以外に一切描写はなく、まるでひよこにスポットライトをあてているようです。ひよこの愛くるしい瞳や羽毛のモフモフ感を、筆と墨だけで描き出す画家の腕にも驚愕します。
山水画や人物画も展示されていますが、いずれもモチーフの特徴をとてもユニークに表現しています。円山応挙のような精密な写実表現があると思えば、特徴をデフォルメする表現も見られます。手の込んだ描写をしていても、全体的にシンプルな印象になるよう整えられていると感じます。
すぐれた作品はその秀逸さゆえに、鑑賞する際に敷居を高く感じ、身構えてしまうことがあります。斉白石の腕の高さにはほれぼれしますが、この敷居の高さを感じさせません。とても親近感があります。
中国の数多くの芸術表現を長年にわたって研究し続けた斉白石は、モチーフをどう表現すれば魅力的かを知り尽くしていたのでしょう。中国随一の巨匠と呼ばれていることに、すぐに納得できます。
斉白石は、戦前に中国に駐在していた日本の外交官・須磨弥吉郎(すまやきちろう)が重要なパトロンの一人でした。須磨は日本のスパイ機関の元締めとして知られますが、西洋や中国絵画の大コレクターでもありました。須磨コレクションとして知られる収集品の一部は、スペイン絵画が長崎県美術館に、斉白石を含む中国近代絵画が京都国立博物館に寄贈されています。
東博展終了後に巡回し、来年2019年1月から始まる京博展ではこの須磨コレクションも展示されます。東博展ではなかった展示です。こちらも見逃せません。
法隆寺宝物館
東博は日本を代表する美術系博物館であり、敷地内外に6つもの展示棟があります。しかし企画展の平成館と日本美術のコレクション展の本館以外は、鑑賞者が少ないのが現実です。アジア美術を展示する東洋館や法隆寺宝物館にも名品はとてもたくさんあります。
展示構成や回遊を促していない東博の運営方法に課題があると個人的には感じています。平成館の企画展以外は総合文化展のチケット・大人620円だけで鑑賞できます。一日中いても廻り切れないくらいフロアがたくさんあります。東博の奥の深さを今一度味わってみてください。
こんなところがあります。
ここにしかない「美」があります。
白石ファンにはたまらない画集、中国語だからこそリアルに楽しめる
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東京国立博物館
日中平和友好条約締結40周年記念 特別企画
中国近代絵画の巨匠 斉白石
【美術館による展覧会公式サイト】
主催:東京国立博物館、北京画院、朝日新聞社
会場:東京国立博物館 東洋館8室
会期:2018年10月30日(火)~12月25日(火)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~16:30(金土曜~20:30)
※11/25までの前期展示、11/27以降の後期展示で、ほとんどの展示作品/場面が入れ替えされます。
※前期・後期展示期間内でも、展示期間が限られている作品/場面があります。
※この展覧会は、2019年1月から京都国立博物館、に巡回します。
【美術館による展覧会公式サイト】
◆おすすめ交通機関◆
JR「上野駅」下車、公園口から徒歩10分
JR山手・京浜東北線「鶯谷駅」下車、南口から徒歩10分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩15分
東京メトロ・千代田線「根津」駅下車、1番出口から徒歩15分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩15分
JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:25分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。
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