上野・国立西洋美術館の「松方コレクション」展が盛況です。春のコルビュジエ展に引き続き、館にとって最も尊敬する人物に大々的にスポットをあてた展覧会で、開館60周年記念展の第二弾です。
- 西洋美術館蔵品はもちろん、散逸した松方幸次郎の蒐集品を世界中から集めた画期的な展覧会
- ゴッホ「アルルの寝室」、ゴーガン「扇のある静物」など超一級作品もオルセーから里帰り
- 展示は蒐集の時系列で構成、松方の審美眼の変遷とコレクションの運命がとてもよくわかる
- 最近発見されたモネ「睡蓮、柳の反映」が修復後初公開、西美の新たな目玉作品に
松方コレクションがもし散逸を免れていたなら、どれほどすごい美術館ができていたか。松方幸次郎が描いていた美術館構想があたかも実現したような展覧会です。これだけの規模で作品が集まることは今後まずないでしょう。
松方コレクションと松方幸次郎の名前は、世界遺産登録で西美への注目が集まったことをきっかけにかなり上昇したような気がします。春のコルビュジエ展と今回の展覧会で、知名度はさらに高まったと個人的にうれしく思っています。素晴らしいいコレクションの生みの親になった偉人の名は、称賛されるべきだと思います。
松方コレクションは、第一次大戦による造船バブルで巨万の富を築いた松方幸次郎が1916~1927年のほぼ10年間で蒐集した1万点を超える作品です。
松方が日本に移送した9,000点の内、西洋絵画の1,000点は昭和恐慌の負債処理のために売却せざるを得なくなり、国内の大原美術館やアーティゾン(旧:ブリヂストン)美術館を始め、世界中の美術館や個人コレクターに所蔵されています。残る8,000点は浮世絵で、戦前に皇室に献上され、現在は東京国立博物館が所蔵しています。散逸しないよう願いを込めたような気がしてなりません。
税制の障壁や軍国主義への警戒から欧州にとどめざるを得なくなった約2,300点の内、ロンドンの倉庫に保管していた900点は1939(昭和14)年の火災で焼失します。焼失した大半は版画・素描作品でしたが、ゴッホやドーミエらの作品も含まれていたことがリストから推定されています。
パリにのこされた400点は第二次大戦の混乱を生き延び、フランス政府に接収された作品の大半が寄贈返還され、現在の西美の松方コレクションになっています。今回の展覧会は西美の松方コレクションに、フランス政府が寄贈返還に応じなかった作品と共に、売却されて散逸した作品が加わっています。松方コレクションを、往時の全貌に近い姿で鑑賞することができるとても貴重な機会です。
前庭に展示されているロダン「カレーの市民」
プロローグ
展覧会の冒頭、かなりインパクトのある3点がいきなり登場します。松方コレクションの強い存在感を象徴するような名品です。
ご紹介作品の画像が掲載されています【公式サイト】 展覧会構成 プロローグ
クロード・モネ「睡蓮」国立西洋美術館蔵は、松方が印象派の巨匠・モネの自宅に通いつめ1921(大正10)年に入手した思い入れの強い作品です。エピローグで展示される「睡蓮、柳の反映」と共に、モネとしては珍しい存命中に手放した睡蓮の作品群です。
自らの美術館構想を実現すべく、フランスで見事な買いっぷりを見せ、美術界の間で時のコレクターとしてすっかり有名になっていた頃です。モネからも独特のオーラで信頼を勝ち取ったのでしょう。
共にフランク・ブラングィン作、「松方幸次郎の肖像」国立西洋美術館蔵(松方家より寄贈)「共楽美術館構想俯瞰図、東京」国立西洋美術館蔵(購入)は松方の存命中のコレクションへの情熱を象徴する作品です。ブラングィンはイギリス人画家で、松方に蒐集のアドバイスを行っていた親友でした。
すべての蒐集品が日本に集められて「共楽美術館」構想が実現していれば、という想像を強く働かせるオーラを発しています。
第1章 ロンドン1916-1918
1916(大正5)年から3年間、第一次大戦で需給がひっ迫していた貨物船ビジネスのためにロンドンに滞在し、巨万の富を元手にプラングインや美術商・山中商会のアドバイスを受け、蒐集を始めます。
ご紹介作品の画像が掲載されています【公式サイト】 展覧会構成 第1章 ロンドン1916-1918
この頃の蒐集品は、近代の作品のイメージが強い松方コレクションの中でも、ルネサンス期の宗教画やバロック期の素描など、西洋絵画の基礎を学ぶような作品が見られることが特徴です。加えておひざ元のラファエル前派作品も多く含まれます。
17c末にローマで活躍したカルロ・マラッティ「頭部習作」国立西洋美術館蔵は、イタリア的デッサンの名品です。赤チョークだけで立体的な面を形作って豊かな頭の表現をしているところに、日本画にはない西洋絵画の原点を見て取れる典型的な作品です。
ジョン・エヴァリット・ミレイ「あひるの子」国立西洋美術館蔵(個人より寄贈)は、ヴィクトリア朝時代にイギリスで流行した肖像画の傑作に一つです。全くけがれのない少女を象徴するように、つぶらな瞳と口元が表現されています。モデルは中流の家庭の少女ですが、内面を表現し絵に緊張感を持たせたラファエル前派的表現で、見事なスターに見えるが如く仕上げられています。
ヨゼフ・イスラエルス「ホワイト夫人」三井住友銀行蔵は、19cオランダのハーグ派を代表する画家の肖像画の名品です。バルビゾン派の影響を受けたハーグ派はくすんだ色合いでナチュラル感を出す風景画や肖像画で知られています。生命感のあるオランダ肖像画の伝統をも受け継ぎ、観る者を惹きつけるオーラを放っています。
第4章 ベネディットとロダン
第4章は、美術館設立に不可欠と考えたロダン彫刻の蒐集に乗り出した1918(大正7)年頃の蒐集作品です。
ご紹介作品の画像が掲載されています【公式サイト】 展覧会構成 第4章 ベネディットとロダン
アメリ・ボーリー=ソーレル「レオンス・ベネディットの肖像」オルセー美術館蔵は、松方のロダン作品蒐集のキーマンとなった人物を描いた名品です。当時ロダンの信頼を得てロダン美術館の開設準備をしていたフランス美術界の中枢にいた人物です。
松方にロダン作品の鋳造を許可して巨額に資金を得、ロダン美術館の運営を軌道に乗せるとともに、松方の良き友人として作品蒐集を手助けします。とても上品な人柄が表現されており、仏像のような包容力まで感じさせます。描いたソーレルはバルセロナ出身の女流画家です。
今回の展覧会の出展作品では唯一会場外に展示されているのが、オーギュスト・ロダン「地獄の門」国立西洋美術館蔵、です。西美のロダン・コレクションの代表作として前庭に常設展示されています。さすがに大きすぎて展示会場には搬入できません。
ロダンの生前には鋳造されなかった「地獄の門」は、1920(大正9)年の松方の発注で初めて鋳造されることになりました。日本人の松方はすでに、それだけパリの美術界で信用を得ていたのです。
現在西美にある「地獄の門」は第二次大戦中もナチスの手に渡ることなく生き延び、1959(昭和34)年の西美開館時にフランスから移送されてきたものです。注文順に反し、最初に鋳造された作品はアメリカ人コレクターに引き渡されフィラデルフィア美術館に収まっています。二番目の鋳造品は松方との約束通りロダン美術館に収まり、西美にある作品は三番目の鋳造と考えられています。
この鋳造順の経緯は不明ですが、美しさを毀損するものではありません。かけがえのない作品を日本にもたらす道筋を付けた松方の英断に敬意を表すべきでしょう。
前半だけでもとても内容の濃い展覧会です。後半は松方の審美眼の脂が乗り切った頃に入手した作品が登場します。言わずもがなの名品揃いのレポートの「続き」は、次回お届けします。
こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。
60年前の西美開館時のコレクション紹介本
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<東京都台東区>
国立西洋美術館
開館60周年記念
松方コレクション展
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】
主催:国立西洋美術館、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
会場:B2F企画展示室
会期:2019年6月11日(火)~2019年9月23日(月)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~17:00(金土曜~20:30)
※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています(本展会期中は本館展示室のみ)。
◆おすすめ交通機関◆
JR「上野駅」下車、公園口から徒歩2分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩8分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩8分
JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:15分
東京駅→JR山手/京浜東北線→上野駅
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。
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