近代日本画の4人の巨匠の名前がそのまま美術展名になった「大観・春草・玉堂・龍子」が、東京・山種美術館で始まっています。新しい表現を模索し続けた4人を「日本画のパイオニア」と位置づけた展示は、いつもながら山種コレクションの競演の質の高さを実感することができます。
- 山種所蔵の4人の名品が一挙公開、近代日本画コレクションでは本当にすきがない
- やまと絵と南画の融合、大画面の会場芸術、大正~昭和の”パイオニア精神”がとてもよくわかる
- 大観・玉堂・龍子と館創立者・山﨑種二の交流を物語る作品も見事、3人の円熟味が伝わってくる
山種美術館の2019年は、広尾開館10周年記念の特別展オンパレードです。「大観・春草・玉堂・龍子」はその第5段、今回も間違いなく楽しめます。
近代日本画のコレクションでは、山種美術館は日本トップクラスです。コレクションの質の高さは数値化するのがめちゃ難しいです。本意ではないですが「重要文化財の近代日本画」の所蔵作品数をあげます。寄託品件数は含まれません。明治以降に製作された近代絵画の国宝はまだありません。
- 1位:東京国立近代美術館 8件
- 2位:山種美術館、東京国立博物館、東京藝術大学大学美術館 各4件
- 3位:永青文庫(熊本県立美術館寄託) 3件
- 4位:静嘉堂文庫、大倉集古館、京都市京セラ美術館、大阪中之島美術館、辰馬考古資料館 各1件
1,2位の”お上”の3館は別格として、山種美術館と永青文庫は際立っています。山種美術館の創立者・山崎種二は、永青文庫創立者の細川護立(もりたつ)と並んで、昭和期に画家のパトロンとして名を馳せていました。細川護熙(もりひろ)・元首相は、護立の孫です。
展示は展覧会名の順とはなぜか?異なり、春草→大観→龍子→玉堂の順で構成されています。
【展覧会公式サイトの画像】 菱田春草「月四題」山種美術館蔵
菱田春草「月四題」は、春夏秋冬の月の魅力を4つの掛軸を入れ替えながら楽しめるようになっています。月夜をベージュ色の背景で演出し、薄墨で季節を表す木々を描いています。春草の最晩年の作品で、重要文化財「黒き猫」永青文庫蔵とほぼ同時期に描かれています。
春草は大観と共に、明確な輪郭線を用いずに表現する「朦朧体(もうろうたい)」に日本画の革新をかけました。出展されている「釣帰」は春草の初期の作品で、”おぼろげ”な表現が”暗い”と指摘されました。
「釣帰」の約10年後に描かれた「月四題」は、夜の情景にもかかわらずむしろ月の明るさを感じさせます。早逝した天才・春草が紆余曲折しながら到達した、日本画を”面”で描く”パイオニア精神”を感じさせる名品です。
【展覧会公式サイトの画像】 横山大観「作右衛門の家」山種美術館蔵
大観では「作右衛門の家」が、従来のイメージとは異なる表現で注目されます。緑色を豊富に使い、伝統的なやまと絵の雰囲気を醸し出しながら、細部の木々の描写は緻密です。大自然への敬意が感じられます。やまと絵と中国風の南画の表現を融合させたような”パイオニア精神”が伝わってきます。
「喜撰山」も同様に、遠方の山の稜線のダイナミックな表現に加え、手前の木々の緻密な表現が強く印象付けられます。
大観=富士山のイメージをきちんと確認させてくれる名品、「心神」山種美術館蔵がこの展覧会で唯一の写真撮影OKになっています。多くの人が作品を前に立ち止まっていました。富士山はモチーフとしてやはり別格です。
横山大観「心神」山種美術館蔵
4人の名品が並ぶこの展覧会でも、川端龍子の作品群は一押しだと感じられます。現代の日本画の潮流への転換を感じさせる”生き証人”が揃えられているからです。
【展覧会公式サイトの画像】 川端龍子「花の袖」山種美術館蔵
「花の袖」は、花びらの白と茎の緑の鮮やかな色使いが目を引きます。余白をあえて設けず、琳派的にダイナミックに描いていますが、花の可憐さの表現へのこだわりも伝わってきます。
川端龍子は、従来の日本画鑑賞の常識を覆す「会場芸術」を提唱した画家として知られています。広くない室内で少人数が間近で鑑賞することに適した作品を「床の間芸術」ととらえ、展覧会場のような大きな部屋で多人数が離れて鑑賞することに適した表現を目指したのです。
おのずと大画面ながらも余白は少なく、色彩のコントラストを活かしてモチーフをダイナミックな筆致で表現するようになります。日本画に優雅さだけでなく、インパクトも加味しようとしたのです。江戸時代の琳派の絵師たちによる大胆な表現への挑戦と同じく、”パイオニア精神”を感じさせます。
展覧会チラシ表紙にも採用されている「鳴門」山種美術館蔵は、群青の海と白い波のコントラストが画面いっぱいに広がり、「会場芸術」を世に知らしめた記念碑的名品です。1929(昭和4)年の作品ですが、21cになって描かれた作品と言われても違和感がありません。
大正時代は、幕末から一等国になるべく必死で走り続けてきた日本社会が、第一次大戦の好景気に支えられ、関東大震災はあったものの、束の間の平和と繁栄を謳歌した時代でした。長い戦乱の世が終わった桃山・江戸初期に、琳派が生まれた京都と時代環境はよく似ています。
古今東西、新しい芸術は平和と繁栄の時代に誕生します。「大観・春草・玉堂・龍子」の四人は、そんな大正画壇を盛り上げた寵児だったことは間違いありません。
【展覧会公式サイトの画像】 川合玉堂「渓雨紅樹」山種美術館蔵
最後に登場する玉堂は、最初に京都で四条・円山派に学んだこともあり、京都画壇を思わせる柔らかなタッチにいつ見ても魅了されます。「渓雨紅樹」は、紅葉の借景に雨にしたたる山村風景を配しており、紅葉の色の美しさを情緒的に際立たせています。玉堂がこよなく愛した大自然への敬意までもが感じられます。
「春風春水」山種美術館蔵は、当時全国で見られたワイヤーロープを伝いながら川を横断する渡し船の様子を描いています。南画風の緻密な描写で木々を表現しながら、しっかりと日本的な趣でまとめ上げています。カーナビの”バーズアイ”のように上空から見下ろしたような俯瞰的な構図も、玉堂らしい表現です。
Cafe 椿
大観・玉堂・龍子の3人が、パトロンでもあった館創立者・山﨑種二を喜ばせようと戦後に「松竹梅展」を企画しました。その出展作品には、3人の晩年の円熟味が感じられ、とても心を和ませます。玉堂の「松竹梅のうち松(老松)」山種美術館蔵は、室町水墨画のような力強い松の描写が印象的です。木々の生き生きとした表現では、3人の中でも玉堂に軍配が上がります。
【Cafe 椿】 「大観・春草・玉堂・龍子 ―日本画のパイオニア―」展オリジナル和菓子のご案内
1Fエントランスの「Cafe 椿」では、展覧会の出展作品をモチーフにした和菓子も楽しめます。龍子「鳴門」、大観「富士山」など、和菓子ならではの芸術は本物の作品以上にビックリです。
こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。
”日本画”と言う概念が生まれた幕末以降、洋画と共に時代のニーズに応えてきた歴史は素晴らしい
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<東京都渋谷区>
山種美術館
広尾開館10周年記念特別展
大観・春草・玉堂・龍子
―日本画のパイオニア―
【美術館による展覧会公式サイト】
主催:山種美術館、朝日新聞社
会期:2019年8月31日(土)~10月27日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30
※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※出展作の中で一点のみ、私的使用に限って、写真撮影とWeb上への公開が可能な作品があります。
フラッシュ/三脚/自撮り棒/シャッター音と動画撮影は禁止です。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。
◆おすすめ交通機関◆
JR山手線・埼京線・湘南新宿ライン「恵比寿」駅下車、西口から徒歩12分
東京メトロ日比谷線「恵比寿」駅下車、2番出口から徒歩12分
JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:35分
東京駅→東京メトロ丸の内線→霞ヶ関駅→東京メトロ日比谷線→恵比寿駅
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には駐車場はありません。
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