私のつれづれ草子

書き手はいささかネガティブです。
夢や希望、癒し、活力を求められる方の深入りはお薦めしません。

災害

2014-08-26 | 10住む・暮らす
昨年とはうって変わって雨がちな夏。
来る日も来る日も降り続く雨に、不安を覚え始めていたが、とうとう大規模土砂崩れによる災害が発生してしまった。

ごく普通の人々が、穏やかに暮らす住宅密集地。

日本が戦後復興の勢い盛んな時代、故田中角栄首相の「日本列島改造論」という本が飛ぶように売れ、前向きでポジティブなムードに溢れていた頃。
持ち家政策に後押しされて、父母達の世代は、近郊の山を削り造成された宅地に競うように家を建てた。

まだ車を持つ家は数少なく、開発の計画に防災の観点は薄かった。
狭い路地と、急峻な道のりがスタンダードだった時代。
今では考えられない規格の宅地でも、市街地から程遠くない山沿いの地は、夢のマイホームを実現する現場だった。

昭和39年、先の東京オリンピックの頃、盛んに開発された郊外の住宅団地は、どれも被災地と同様の地勢にある。
当時のスタンダードだった。

宅地開発で山を切り開き、山の保水能力が削がれ、川に流入する水量が増えることで河川の氾濫を危惧する声はあっても、山自体の崩壊を心配する声が出始めたのは最近になってからのことと認識している。
そうして、どの山肌にも、沢山の住宅があり、人々の生活が息づいている。

自然を批判することは出来ぬという観点で、行政や宅地開発の計画を批判的に評論する姿勢に苛立ちを覚える。
当時のスタンダードだったのだから。

地勢を云々するが、50年60年、沢山の家族がそこで何事もなく子供を育くみ、生き、歴史を刻んできたのだ。

誰の批判も評論も要らない。

異常気象に対応する対策は必要だろうけれど、ただ粛々と、救済と、新たな生活の構築が進められることを。
ただただ、願い、祈る。
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