私のつれづれ草子

書き手はいささかネガティブです。
夢や希望、癒し、活力を求められる方の深入りはお薦めしません。

申し訳ない

2015-05-28 | 6悩む
より良い選択がもっと他にあるのはわかっている。
別の選択をした方が、多くの人が喜ぶと知っている。

しかし、曲げられない。

その選択を契機に始まる不自由や、生じるストレスを容易に想像できるから。

だから肯定的な判断が下せない。

それは、ある種の可能性を打ち消すことになるのかもしれないが、もっと自由に漂っていたいのだから致し方ない。

「御免なさい」「申し訳ない」といって現状に留まる私。

本当に、心底、申し訳ないと思ってはいるのだ。
だけど、無理なんだ。
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夢見が悪い

2015-05-27 | 6悩む
どうも最近、夢見が悪い。

大臼歯の治療が必要になって、しっかり化膿止めが注入されているのが眠っている間に溶け出している所為なのか、それとも夏めいてきて寝室の空気が息苦しい所為なのか。

何かしら腹の立つことに遭遇して、怒鳴っている夢ばかりみている。

言い知れぬ怒りが私の中にたまっているのか。
それとも老いがひたひたと体に巣くい始めているのか。

青空を仰ぎながら、まだ五月なのに…と思う。

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「食べない人たち」という本

2015-05-17 | 2見る・読む・聴く
マキノ出版刊
「不食」実践者、お三方の共著。

久々に「そういう視点がありましたか」と「目から鱗」的な感想を抱いた本だった。

食に溺れている感のある私は、結局のところ暇人なのね…と深く自覚。
そして「バランスよくしっかり食べなくては健康は保てない」という、一種の脅迫観念にとらわれている自分を発見する。

食べざることで内臓が休み、心穏やかになるという側面があるということ。
食べなくても生きて行けると思えば、人の世は随分平和になるだろうという観測。

まだ、体の出来ていない子供には禁忌だろうという点に触れてない不足感は唯一あったけれども、読み終えて、心豊かになった実感がある。

断食と小食、不食はことなり、自分の体と対話しながら、ゆっくりと不食生活に目覚めればよい…という立ち位置はとても気に入り、何かしら静かに私の生活が変わってゆくような予感さえ覚えます。
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不食?

2015-05-10 | 14楽しむ
ゴールデンウィーク、久々に森林浴を楽しんだ。
新緑はまぶしく、わたる風は心地よかった。
滝を見、マイナスイオンをしっかりと浴び、2時間半歩いた。

平生往生というか、不精な生活に慣れている体はわずかな筋肉で動いているので、すぐに疲労する。
翌日から数日間、筋肉痛に悩まされ、まるで旧式ロボットのような動きになっていた。

筋肉痛が収まりかけたころから、激しいむくみが出現する。
腎臓をやられただろうか。
とうとう心臓にきたか。
不摂生を自覚しているので、望ましくない事態をあれこれ連想する。

好物のいかなごの釘煮を控え、水分を排出するツボに鍼をしたり押圧を加えたり。
でも、結局そのむくみが収まるのにまた数日を要した。

ウェイトがオーバーしているのは重々承知している。
ちょっと体の負担を軽くしてやる必要があるだろうか…。

自分が育て続けている筋腫のことや、難しい場所の脳腫瘍を一日一食の菜食生活で押さえ込んでいる人の話を思う。
そうして「人は何も食べないとどうなるのだろう」と考えた。

便利な世の中になったもので、ネット検索をかけると「不食」という言葉が引っかかる。
関連の書物の中に、昔、友人が心酔していた人の名前も著者として上がっている。

人は暇をつぶす為に食べてしまうって。
面白い視点。
久々に本を取り寄せてみることにした。
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