ASUKのババは日々元気に暮らしたい。

ハンドメイド 作りたいものだけ作る毎日
日々の出来事に愚痴も出てきます。

朝ドラで母を思い出す

2022-01-26 09:33:47 | 日記

今日はらしいけどです

 

朝ドラ なんとなく毎日見てます

安子時代に安子やるいが下駄をはいているのが気になって 

男性たちは立派な革靴穿いているのに

なんでいつまで下駄なん!と突っ込みたくなりましたよ

私達の田舎でも靴穿いていたのに!

 

今日のは るいが京都で「回転焼き屋」を始めるところです

 

「今朝の放送の一場面をお借りしました」

 

それで亡き母を思い出しました

私が小学校へ上がる前でしたが

父の作業場の一部を店舗にしてもらい

回転焼きを始めました

名前も「回転焼き」や「夫婦饅頭」と思い出す

仕入れや焼くのもすべて母だけでやっていたけど

近所に製材所があったり 

田舎なので大したお店もないことで人気もあり

父の仕事仲間が仕事帰りに

寄ってくれました

売れ残ったのを次の日軽くあぶって食べるのが大好きで

私達子供のおやつでした

私が生まれて間もないころ

祖父がパンを焼いて販売していたので

(自分でレンガで窯を作って焼いて売っていた)

母が私を負ぶって配達したり 手伝っていたので

何の躊躇もなく始めたのは生活の為でしょう

父の仕事も田舎では現金収入がままならないし

家族は多いしね

祖父の弟が 街中で回転焼き店を営んでいたので

大きな助っ人だったでしょう

餡や粉を仕入れに母は親戚まで通いましたが

自転車しか乗れない母には大変な労力でしょう

 

私が小学校入学式数日前に

母が仕入れから帰る途中に

自動車を避けようとして崖から転落

幸い大したけがではなく額を数針縫ったようでしたが

入学式には来てくれました

入学式の写真には母の額が痛々しく映ってました

これを機にお店はしばらく休業状態

お馴染みさんは寂しがってくれましたが

父が心配して辞めることになったと思います

 

其の後 父が亡くなって 母も痴呆が始まったころ

祖父のパンをで配達したり 

(私の田舎では冠婚葬祭には大量のパンを持っていく)

回転焼きの材料をで仕入れにいった事を

よく思い出して懐かしく語っていました

帰りに残ったパンを食べたのが叱られたこともすべて

母にとってはつらい思い出かもしれません

 

いつもよく働いていた母でした