(1945/デヴィッド・リーン監督/セリア・ジョンソン、トレヴァー・ハワード/86分)
<ネタバレあります>
この映画を観るのは何年ぶりでしょうか。前回は、いつ観たかも忘れるくらい大昔ですね。
ラフマニノフのピアノをバックに語られる平凡な主婦の不倫話。不倫といっても60年前の作品ですから、今の感覚から言えば『ソレって不倫?』というくらいのプラトニックな恋愛です。
お相手はお医者さん。医者の不倫といえば渡辺淳一の小説とか思い出す人もおいででしょうな。私は渡辺小説には全く興味がないので、この映画と似た設定があるのかないのか分かりません。ま、肉体関係のない不倫話なんて多分ないでしょう、渡辺さんとこには。
ノエル・カワードが自身の戯曲を映画用に脚色して、プロデュースまでしちゃった作品。古い映画ファンなら、どなたもご存じの超が付くくらいの有名なクラシカルなラブ・ロマンスです。
1946年のアカデミー賞で、主演女優賞にノミネートされたセリア・ジョンソン(シリア・ジョンソンって覚えていたけど)は、とびきりの美女でもないし、格段のお色気があるわけでもない(私の記憶の中ではかなりの美女だったのですが^^)。この平凡な容姿の彼女が、夫以外の男性に心惹かれ、夫や家族を裏切っていることに悩む婦人を演じた為に説得力があるのですね。平凡といっても、本や映画を好む知的な雰囲気があるので、彼女のモノローグとも相まって、心理映画ともいうべきムードが漂います。
セリア扮するローラは夫と二人の育ち盛りの子供がいる主婦で、毎週木曜日には列車で街に出かけるのが習慣になっている。図書館に借りた本を返し、また新しく借りる。買い物をし、時間があれば映画を観る。いわば週一の気晴らしの日だったわけですね。
一方の医者のアレックは別の町の開業医で、毎週木曜日だけ、この街にある大きな病院に、やはり列車で応援に来ている。
ある日、そんな二人が駅の待合のカフェで知り合う。それはプラットホームで過ぎゆく列車を見ていたローラの目に煤が入って、それを取ってくれたのがアレックというわけ。アレックは自分は医者だと言うだけで、ローラもお礼を言うだけで、最初はお互いに名前も名乗らずに別れる。特に一目惚れするような感覚もなく、気にすることもなく別れたのに、木曜日に同じ街に出てくるという習慣が、幾度かの邂逅を演出し、いつしか名前を名乗り合い、昼食の席を共にするようになり、次第に親しくなっていく。
お互いを意識するようになったのは、アレックの仕事が早めに終わり、昼食の込み合うレストランで相席になった日から。午後の予定がなくなったアレックはローラと一緒に映画を観、夕方のカフェで彼から恋心を告白、ローラも否定しない。
まぁ、なんと言いますか、これくらいの気持ちはどなたも経験がおありだと思いますが、映画はローラのモノローグにより彼女の主観で語られていくので、共感を得やすくなっています。夫への後ろめたさ、自らの罪深さへの意識、それらに揺れ動く心が余すところなく語られる。アレックと会った日に子供が事故にあったのを天罰だと感じたり、夫に嘘をつく自分に惨めさを感じたり。実に分かりますなぁ。
のっぴきならない状況にもなりかけるのですが、幸か不幸か(この場合は幸運にもと言うべきですね)一線を越えずに済み、二人は強い意志の力で別れを決意する。潔い分、別れの切なさも発生します。
ロマンチックな男が作った理想の不倫相手の話ですから男のモノローグは無し。
徐々に親密になっていく過程の丹念な描写は、後年の「旅情」にも通じるリーンの抜群な巧さであります。
不倫モノは嫌いと仰有るお馴染みさんがいらっしゃいます。コレもダメだったとか。それならば1947年のフランス映画、「肉体の悪魔」なんて、サイテー最悪の極みでしょうね。
別のお馴染みさんには、『あの旦那さん、人が良すぎるというかノー天気というか、あまりに奥さんに無関心じゃございませんこと。あんなんじゃ、ローラは又浮気するに決まってるっしょ』なんて言われそうだなぁ。
アカデミー賞では主演女優賞以外にも、監督賞、脚色賞(カワード、リーン、アンソニー・ハヴロック=アラン、ロナルド・ニーム)にノミネート。第一回カンヌ国際映画祭のグランプリと批評家賞を受賞し、NY批評家協会賞では女優賞を受賞したそうです。【原題:BRIEF ENCOUNTER】
尚、アレック役のトレヴァー・ハワードは、先月ご紹介した「第三の男」のキャロウェイ少佐でした。
デ・ニーロ、メリル・ストリープ共演の「恋におちて (1984)」は、この映画のリメイク。随分前に観たんだけど、どんな感想を持ったか忘れちゃったなぁ。
<ネタバレあります>
この映画を観るのは何年ぶりでしょうか。前回は、いつ観たかも忘れるくらい大昔ですね。
ラフマニノフのピアノをバックに語られる平凡な主婦の不倫話。不倫といっても60年前の作品ですから、今の感覚から言えば『ソレって不倫?』というくらいのプラトニックな恋愛です。
お相手はお医者さん。医者の不倫といえば渡辺淳一の小説とか思い出す人もおいででしょうな。私は渡辺小説には全く興味がないので、この映画と似た設定があるのかないのか分かりません。ま、肉体関係のない不倫話なんて多分ないでしょう、渡辺さんとこには。
ノエル・カワードが自身の戯曲を映画用に脚色して、プロデュースまでしちゃった作品。古い映画ファンなら、どなたもご存じの超が付くくらいの有名なクラシカルなラブ・ロマンスです。
1946年のアカデミー賞で、主演女優賞にノミネートされたセリア・ジョンソン(シリア・ジョンソンって覚えていたけど)は、とびきりの美女でもないし、格段のお色気があるわけでもない(私の記憶の中ではかなりの美女だったのですが^^)。この平凡な容姿の彼女が、夫以外の男性に心惹かれ、夫や家族を裏切っていることに悩む婦人を演じた為に説得力があるのですね。平凡といっても、本や映画を好む知的な雰囲気があるので、彼女のモノローグとも相まって、心理映画ともいうべきムードが漂います。
セリア扮するローラは夫と二人の育ち盛りの子供がいる主婦で、毎週木曜日には列車で街に出かけるのが習慣になっている。図書館に借りた本を返し、また新しく借りる。買い物をし、時間があれば映画を観る。いわば週一の気晴らしの日だったわけですね。
一方の医者のアレックは別の町の開業医で、毎週木曜日だけ、この街にある大きな病院に、やはり列車で応援に来ている。
ある日、そんな二人が駅の待合のカフェで知り合う。それはプラットホームで過ぎゆく列車を見ていたローラの目に煤が入って、それを取ってくれたのがアレックというわけ。アレックは自分は医者だと言うだけで、ローラもお礼を言うだけで、最初はお互いに名前も名乗らずに別れる。特に一目惚れするような感覚もなく、気にすることもなく別れたのに、木曜日に同じ街に出てくるという習慣が、幾度かの邂逅を演出し、いつしか名前を名乗り合い、昼食の席を共にするようになり、次第に親しくなっていく。
お互いを意識するようになったのは、アレックの仕事が早めに終わり、昼食の込み合うレストランで相席になった日から。午後の予定がなくなったアレックはローラと一緒に映画を観、夕方のカフェで彼から恋心を告白、ローラも否定しない。
まぁ、なんと言いますか、これくらいの気持ちはどなたも経験がおありだと思いますが、映画はローラのモノローグにより彼女の主観で語られていくので、共感を得やすくなっています。夫への後ろめたさ、自らの罪深さへの意識、それらに揺れ動く心が余すところなく語られる。アレックと会った日に子供が事故にあったのを天罰だと感じたり、夫に嘘をつく自分に惨めさを感じたり。実に分かりますなぁ。
のっぴきならない状況にもなりかけるのですが、幸か不幸か(この場合は幸運にもと言うべきですね)一線を越えずに済み、二人は強い意志の力で別れを決意する。潔い分、別れの切なさも発生します。
ロマンチックな男が作った理想の不倫相手の話ですから男のモノローグは無し。
徐々に親密になっていく過程の丹念な描写は、後年の「旅情」にも通じるリーンの抜群な巧さであります。
不倫モノは嫌いと仰有るお馴染みさんがいらっしゃいます。コレもダメだったとか。それならば1947年のフランス映画、「肉体の悪魔」なんて、サイテー最悪の極みでしょうね。
別のお馴染みさんには、『あの旦那さん、人が良すぎるというかノー天気というか、あまりに奥さんに無関心じゃございませんこと。あんなんじゃ、ローラは又浮気するに決まってるっしょ』なんて言われそうだなぁ。
アカデミー賞では主演女優賞以外にも、監督賞、脚色賞(カワード、リーン、アンソニー・ハヴロック=アラン、ロナルド・ニーム)にノミネート。第一回カンヌ国際映画祭のグランプリと批評家賞を受賞し、NY批評家協会賞では女優賞を受賞したそうです。【原題:BRIEF ENCOUNTER】
尚、アレック役のトレヴァー・ハワードは、先月ご紹介した「第三の男」のキャロウェイ少佐でした。
デ・ニーロ、メリル・ストリープ共演の「恋におちて (1984)」は、この映画のリメイク。随分前に観たんだけど、どんな感想を持ったか忘れちゃったなぁ。
・お薦め度【★★★★★=クラシックファンなら、大いに見るべし!】
今とは大違いでかなりの“隔たり”があったはず。
男というもの、女というものに
えらく情報の少ない時代、束の間のの恋心・・・
時の流れに沿ってじょじょに惹かれていく
過程をじっくり描いてうまい演出でした。
若い頃見た時分には“なんだべ、こんなもん”とガッツリ思いましたよ、ほんと。
十瑠さんのご想像どおりでありんす。(^^)
ところが同じく私にもあったでござんすね~、時の流れっちゅうもんが~(--)^^
“一線を越えない二人だからこそ、後世まで、美しい~”・・・
お薦め度は思案橋のようですが^^
必ず一度は観たほうがいい名作、または
サカリの時期を過ぎたあたりに観れば
もっといい名画ざんしょ
今となっては携帯電話もある時代ですから、告白後の展開は、それこそロケット並の速さで進むんでしょうねぇ。
「恋におちて」も携帯の無い時代かな?
>ところが同じく私にもあったでござんすね~、時の流れっちゅうもんが~(--)^^
“あった”のは時の流れだけではないっしょ。
自分に似た人がこの世に3人はいるというくらいですから、配偶者に似た人も3人いるし、配偶者と違うタイプもそれこそ何人も・・・。
映画好きな人なら特に、多かれ少なかれ似たような経験ありますよねぇ~
十瑠さんのレビューを読んでいて「まさかこれ、『恋におちて』のオリジナルじゃないよね」と不安になりました(もしそうだったら恥ずかしいなと思ったもので^^;)が、あらま、ビンゴじゃありませんか。
やっぱり古典も敬遠せずに観ておくものですね。
概ねネタバレしてますが、それでも見応えはありますから、どんぞ、ご覧になって下さい。^^
段々とヒロインが美しく見えてくるから不思議ですねぇ
不倫ものが嫌いなお馴染みさんって、私でしょうか(笑)。ええ。これはダメでしたねー。観てるうちに腹が立っちゃって。でも「肉体の悪魔」はそれほど嫌いじゃないんですよね。あれは旦那さんが従軍して不在中だからかなあ・・・。基本的に、旦那さん(または奥さん)が良い人なのに不倫をするっていう設定が嫌いなんですよね。この「逢びき」も旦那さんがすごく良い人だったじゃないですか。なんだか旦那さんに同情してしまうんですよね。不倫ものでダメだったといえば、「運命の女」ですね。あれはリチャード・ギア演じる旦那さんが可哀想で、ダイアン・レインに腹立てながら観ていた記憶が・・・。
>でも「肉体の悪魔」はそれほど嫌いじゃないんですよね。
へっ!?
そうなんですか。
「運命の女」が不快というのは分かりますが・・。ま、アレはサスペンスで、報いを受けるという話ですから、お話的には倫理的なんですよね。^^