サブロー日記

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草鞋を履いた関東軍  12   

2007年07月17日 | Weblog
サブロー日記         2007.7.17
   草鞋を履いた関東軍

 やっと怪我人Nを乗車させることが出来たが座席が無い。満語の話せる婦長は座席の交渉をするがなかなか譲ってくれる者は無い。其の内列車は数駅通過した頃、車内の一角を占有していた日本の兵隊さんに救われ、そのなかの座席に入れてくれた。それには日本の若い看護婦さんの魅力もあったのであろう、大変な親切さでNも婦長に看られながらやっと落ちつく事が出来た。やがて牡丹江も過ぎようとうとしていると、ふと眠り込んでいる兵隊の肩越しに、次に連結して有る車内に目をやって驚いた。三郎はクリー(苦力)とか奴隷とか聞いてはいたが、この車内に詰め込まれている人間像は、まさに畜舎の中ようなもの。入り口には看守らしき服装をした満人が、くたびれた格好で二、三人うずくまっている。クリーは真っ黒くなった服に、黒い顔、手足、思い思いに網棚の上、座席の下にも潜り込み寝ているやつ、わめいている者、シラミを捕っている者、重なり合って寝ているところは全く豚舎と変りが無い。「あの中の二人は死んでるなあ、、、」東北弁の兵隊が誰に言うとも無くつぶやいた。私は信じられない、死んだ者を通路に放置したまま平気でいられるこの人達、誰がこんな人達にしたのであろう。そして私の頭の中を去来するものは、地獄絵図、奴隷商人、南北戦争、リンカーン。などなどの歴史の片々である。其の内かなり大きな駅に着いたと思うと、看守がその死体と思われるものを、まさに畜類でも扱うようにホームへ引きずり降ろした。そんな事があっても他のクリー達は何の反応も示さない、他にも通路に寝ている者もいるがまだ息をしているのだろうか。このクリー達は誰がこのように扱っているのか、自ら苦力になって労働を売っているのか、又軍部の銃剣の先で強制させられているのか、その張本人は満軍なのか、関東軍なのか、又その筋の業者なのか、若僧の私には想像も及ばないが、これが私たちと同じ人間として生れて来たものだろうか。
  私達は月に一、二回満人の先生に満語を習った。その中、「メンハーズ」と言う言葉を興味深く覚えていた。(仕方が無い)と言う意味の言葉である。中国は4000年の歴史は有るが何時も戦乱の中にあって、衣食住安定することは無かった。 「仕方が無い」と言うことには、生まれながら身についているのであろう。いくら努力しても自分では如何する事も出来なかった環境が、この人達をメンハーズの心境に育て上げたのであろう。
  こんな哀れな奴隷達が1945年にもまだ東洋に実在し酷使されていた事が、将来の世界史に特筆されることだろうと思った。
この息詰まった黒い列車は、コトコトと何事も無かったように大きく汽笛を吠えて荒野をハルピンと向かった。
 ハルピン。 駅頭に降りると鉄道警備の官憲。長い軍刀。太いピストル。この勇壮な容姿を見るだけでも我が国威の及ぶ力強さを感じる。プラットホームの一角にかって伊藤博文候が明治42年10月26日暗殺された場所がある。鎖で囲まれ、今なおその暗翳は胸をさすものがあった。
  改札を出ても迎えに来るはずの病院の車が来てない。暫く待ったが仕方なくそこらに居たオンボロ馬車に乗ることにした。
  御者は年老いたロシア人である。ゴツイ毛皮の外套もところどころ裾は擦り切れ垢で黒光りしている。この老御者の年期を物語っている。私にとって生れて初めてお目にかかるロシア人である。年寄りのせいか、外人とか毛唐とか言う感じはしなかった。日本語も上手に話せる。
  ここが北満第一の都市か?。ここは50年ほど前は、大河アムール(松花江)のほとりの貧しい漁村であったというが、ロシア人により開発され、北満州の要になったのである。人口52万と言う、地軸の底まで凍結したように殺風景な街、駅前広場には、洋車が数台たむろしている。あれほど車中で騒々しかった連中も下車すればそこはかとなく四散して行く、私達を世話してくれた兵隊さんの一団も軍靴の音も勇ましく、厳つい軍曹の引率で何処かへ消え行った。そしてあのクリー達は?。
  やがて私達の乗った馬車の御者が、長い棒の先に長い皮の紐の着いた鞭を打ち振ると、 「パチーン」と乾ききった大きな音がして動き出した。この鞭音の交錯するその中をくぐり、遠くに見慣れない丸い帽子を被ったようなニコライ堂を眺めながら一路病院へと急いだ。やがて立派な「義勇隊ハルピン中央病院」に着き無事N君を入院さす事が出来た。つづく

  

  

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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
載ってます!!!! (くりけい)
2007-08-02 09:46:16
この前言おうと思ってたのに忘れてました。
サブローさんのハガキ、とさ金で読まれてましたね。

で・・・
ただいまNHKのHPでお便り公開中!
見るべし!!!です!!!
http://www.nhk.or.jp/kochi/tosakin/backnumber/2007/0713.html
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