たまり場ぶろぐNEO

 奈良県在住、天里友香のブログ。
 漫画・ゲーム・同人等のオタク系話題と日常、時々は真面目な話です。

「清盛の夢」の跡を追って(番外①)

2012-10-08 22:08:02 | 旅行
 広島県の『平清盛』観光キャンペーンのキャラクター。
 可愛い絵で「グッズ欲しい!!」と旅行前から思ってたのに、
キャラグッズらしきものは見つからず、
唯一、宮島のクリアファイルの裏にイラストがついてたのを買えたのみ。
「神戸は、アニメの美形キャラグッズだけでなく
実写?!の『清盛隊』のCDまで出てるのに!!」
 広島は、他にも『おしい!広島県』なる観光キャンペーンをやっていて
「観光資源が豊富なのに、修学旅行以外で来たことない人が多くて、
おしい!」とか書かれてましたが
「これだけ『キャラクター商法』が流行ってるのに
ほとんどまともなキャラグッズを作ってないのも、おしい!よ!!orz」と
ツッコミを入れたくなってしまいました…。
(しゃもじのキーホルダーにイラストがついてるのは売ってたんですが、
印刷がにじんでたりしてるし、イマイチかなあと…。)

「清盛の夢」の跡を追って⑧

2012-10-08 21:17:13 | 旅行
 公園を後にして、再び赤間神宮へ。
 いわゆる『神事』の御祭で、本殿で供物が神前に捧げられ、
更に奉納として管弦や舞が神前の舞台で行われてました。
 神宮や儀式の関係者ではないので外側から眺めてたのですが、
それでも、遠目に見える白拍子の舞い姿には
「おお!『平清盛』のOPの舞みたい!!」と、ついドキドキしてました(笑…でも実際に
あれこそが平安時代末期の『貴族の遊び』だったんでしょうね)
 この辺りでお昼過ぎになり、お腹も減ったので
赤間神宮を出て唐戸市場へ。
 目の前の海の新鮮な魚介類の市場で、
お店によっては寿司バイキングや海鮮丼を売っていて、
私も含め観光客もたくさん来てそれらを買って食べてました。
「美味しい!!めっちゃ美味しいっっ!!vvv」
 下関と言えば『ふく』ですが、
それも寿司バイキングや唐揚げで少量からお安く食べられるのです!!
「なんてぜいたくな昼食~!!♪」

 宮島、呉、下関とそれぞれにとても良い所でした。
「平家も源氏も滅んでしまって、武士という身分すらもないけど」
 でも、清盛が整備した航路や壮麗な神社は残り、
かつて戦場になった海にはまさに世界中との交易の船が行き。
「『諸行無常』とはいうけれど、
清盛の『夢』は人々に引き継がれて叶ったと言えるんじゃないかな…!!」
 大河ドラマに間に合うように帰宅したら、
よりによって、交易の夢を清盛と一緒に見てきた兎丸の亡くなる回で
やりきれなく切なかったですが、
義朝ではないけど、きっと
「この身は滅びても、魂は滅びぬ!!」のだな…!!とも感じました…。

「清盛の夢」の跡を追って⑦

2012-10-08 20:07:34 | 旅行
 ところで、赤間神宮ではこの日は御祭があり
管弦や今様の奉納もされると知り。
「!!それは見たいぞ(特に、生の今様!!)」
 しかし、スタンプラリーのチェックポイントにも行かねばならず、
また、まだ時間が有ったので
「先に、古戦場近くの『みもすそ川公園』に行こう!!」
 海沿いの道を進んで『みもすそ川公園』へ。
 この公園には壇之浦の戦いでの義経と知盛の像があるのは
ガイドブックで知ってましたが、
行って見ると、像の下には以前の大河ドラマ『義経』の
キャストの手形とサインのプレートもありました。
(と言うか、像自体が『義経』がきっかけで出来たらしい)
 あと、ここではボランティアの方が紙芝居もされていて、
ちょうど壇之浦の戦いの紙芝居を上演されてたのを観ることが出来ました。
(夏場は、涼しくなるよう『耳なし芳一』だそうです)
 ところで、ここは壇之浦古戦場なだけでなく、
幕末の長州vs.イギリスの戦いの場所でもあったそうで、
源平の像の更に先には、いくつもの砲台が…。
「交通の要所って、戦場にもなりやすいんだなぁ…!!」と
のんきに旅行で訪問できてる、平和に感謝しました。

「清盛の夢」の跡を追って⑥

2012-10-08 19:38:15 | 旅行
 呉からは広島経由で小倉に行って、そこで宿泊。
 2日目は門司港から下関の唐戸に向かいました。
 門司港に行ったのは、ひとつは
「せっかくだし、有名なレトロな駅舎くらい見たい」と思ったからですが、
その駅舎は工事中で外側に囲いが…(苦笑)
 2つめの理由は、関門海峡を船で渡ってみたかったからですが、
今年は『巌流島の決闘400年』だそうで
港にはそちらの垂れ幕がかかってました。
 唐戸からは、まずは近くの赤間神宮に行ったのですが、
写真のとおりの「竜宮城のような造り」
 壇之浦で入水された安徳天皇陵や平家の武将達の『七盛塚』、
怪談の『耳なし芳一』のお堂も見ました。
 正直『耳なし芳一』は子供の頃に話を読んで
恐ろしさにトラウマになってましたが、
実際にそこを見ると安徳天皇陵のすぐ後ろが七盛塚。
「…赤間神宮の神になられた幼帝のすぐ傍に
『怨霊』がずっといるとも思えないなあ…!!」
 確かに戦いを知る縁者などに無念が伝えられ、
怨霊と語られてきたんでしょうが、
小高い場所から煌めく瀬戸の海をたくさんの船が平和に行き交うのを見て、
今はきっと、源平問わず魂は浄化されてるものと思いました。
 しかし、ちょっと疑問だったのは、
七盛塚の墓石には他の場所で亡くなった平清経〔重盛の三男〕の名前もあるのに
平家物語によると壇之浦で従兄弟の資盛、有盛と抱き合って入水したとされる
平行盛の名前の墓石が見あたらなかったことで。
「…もしかして、飛ばされてる?!」
 行盛は清盛の次男で早く亡くなった基盛の子で、
父の死後はおじの重盛にひきとられ育てられたそうですが、
平家一門なのに死後までもな不遇さは、哀しいですね…。

「清盛の夢」の跡を追って⑤

2012-10-08 11:04:55 | 旅行
 さて。宮島から呉ですが、前の記事にもチラっと書いたとおり、
今、土日祝日運航してる高速艇『清盛ブルーライン』を利用しました。
 所要時間は約1時間。
 昔、家族で淡路島に行った時に高速艇に乗って船酔いした記憶があり、
乗り物酔いの薬は飲んだけど「大丈夫かな?」と不安でした。
 しかし、船に乗ってる間はずっとガイドさんによる
『窓越しに見える島々などの案内』があり、
面白かったからか全然平気でした!!
 工業用岩塩を保管してる巨大な『塩の山』の島や、
戦前には海軍学校の有った島などをすり抜けて、
呉は『音戸の瀬戸』に到着。
 音戸の瀬戸の航路を整備した清盛を讃える『清盛塚』や、元々の地元物産館に展示コーナーを作ったらしい『ドラマ館』に行きました。
(『日招伝説』の岩は、対岸の公園内の丘の上で、
かなり時間がかかり「日招き以前に、着くまでに日が暮れる」と断念…。)
 ドラマ館ですが、さすがに海賊シーンのロケ地だけあって、
海賊シーンのメイキング関係の展示がとても充実!!
 実際に使われた船もですが、1階で上映されてた『メイキングビデオ』も
キャスト・スタッフの方々と地元エキストラの方々の一体感が感じられて素敵でした!!
(なので、昨日の『兎丸無念』は更に悲しかった…!!)
 ビデオ展示と言えば、2階にも別の展示とビデオがありましたが、
『番組と登場人物紹介』が中心のこの編集が!!
 崇徳天皇は(佐藤義清に向かって)「朕を一人にせんでくれ」、
藤原頼長は「(平家盛とは肉体関係が)しかと結ばれておった故」のシーンで
「そこかいっ!!」(^◇^;)『乱世は愛に満ちている』そうです…。
 お土産コーナー、地元特産の水産加工品がたくさんで
とても美味しそうでしたが
「基本的にナマモノなのが!!
帰る日なら、持ち帰って冷蔵庫に入れられるのに!!」と
正直、それがかなり残念でした…!!
(もしかしたら、宅配便の発送があったんじゃ?!
とは、後で気づきました…トホホorz)