ふと目覚めると、青空が見えた。体を起こして見渡すと、どうやらここは、深い森の奥にぽっかりと開いた木々の切れ間のようだ。柔らかな風に吹かれて木の葉が優しく音を立てている。(ここは、どこだろう。どうしてここにいるんだろう。…僕は、誰だろう。ここで何をしていたんだっけ)わからない。わからないけど、ここは、なんだか心地良い。
暖かな日差しが気持ちよくて、もう一度横になって目をつぶってみる。(…のどかだ。こんな感覚は何年ぶりだろう。…何年ぶり?)わからない。なんだかとても忙しい毎日を送っていた気もするけれど。何もかもがモヤに包まれたようで、思い出せない。でも、不思議と不安も焦りも感じない。ただ、心地良い。
目を開けてもう一度見回すと、薄暗く見えた木々の合間に、所々太陽の光が射して辺りを照らしている。(天使の梯子って言うんだったかな。綺麗だ。太陽って、綺麗で暖かくて、いいよな)(…あれ?そう言えば、太陽みたくなりたい…って、誰かが言ってたような気がするけど。そう言ったのは…誰だっけ?)
おぼろげな記憶に手を伸ばそうとしたとき、ふと視線を感じてそちらを見ると、一匹のリスが真ん丸な瞳でこちらを見上げていた。(か、可愛いっ)思わず手を伸ばすと、怖がりもせずに肩まで駆け上がってピョンと頭に飛び乗ってきた。(ヤバい、可愛すぎるっ。撫でたいっ。撫でたいけど、ビックリさせちゃうかな…)
人懐っこいリスの可愛さに悶えていると、今度はウサギが、キツネが、鳥たちが、次々と集まって、あっという間に囲まれていく。(なんだ、なんだ?人間が珍しいのか?この子たち、全然警戒心ないけど、大丈夫?)
無邪気に寄ってくる姿に、余計な心配をしつつ様子を伺っているうちに、鹿やイノシシまで集まってきた。(なんだろう、おとぎ話かなんかで見たような風景じゃないか。白雪姫…とか)(いや、姫かよっ!じゃなくて!なんだろう、この状況…どうしたら…いや、でも、なんか心地良い…よな)
静かに身を寄せてくる動物たち。いつの間にか僕の背中にピッタリと寄り添って座っていた鹿の背に凭れてみる。すると、ウサギが膝に飛び乗り、ほかの動物たちも体を寄せてくる。(あったけ~。なんだこれ、すっごい癒やされる。アニマルセラピーってこういう感じなんだろうな)
いったい何が起きているのか理解はできないけれど、ただ、静かに、心地良い時間が流れていく。聴こえるのは、草木のざわめきと、動物たちの優しい息づかい。思い出せない記憶の先にある怒りや苛立ちや、悲しみまで、溶けて消えていくような気がした。
いつの間にか太陽は沈み、夜の闇が広がる。見上げると、木々の切れ間から満天の星空が…。あれ…どうしたんだろう。なんだか急に胸が苦しくなってきた。美しい星空なのに、なんでだろう。わけもわからないままに、涙が溢れてくる。怖い。悲しい。苦しい。渦巻く感情に息ができなくなる。
激情に飲まれて全ての感覚を失いそうになったとき、頬にやわらかな感触が。リスが小さな手で涙を拭こうとしている。呼吸を落ち着けて見回すと、動物たちが心配そうな瞳を向けてくれている。(そうだ、1人じゃない。暖かいこの子たちがそばに居てくれる)もう一度見上げた星空は、ただ優しく、美しく、微笑んで見守ってくれているように思えた。
「……さん、… …」
(あれ、誰かの声が聞こえる?)
「…生さん、…大丈夫ですか?」
(呼ばれてる?)
急激に覚醒する頭。
(ここは…そうだ、休憩しようとベンチに座って、それで…それから…)
「あっはい、すみません、大丈夫。ちょっと疲れちゃって」
(夢、見てたのかな。ふふ…あのリス可愛かったな)
「1人じゃない…か」
(そうだ。きっと、待っていてくれる。優しく輝く、満天の星空が…)
「よし、頑張ろっ」
頑張って。頑張って。
私たちはいつだって貴方の成功と幸せを心から願っている。貴方が見上げた星空が、貴方の心を癒やし、幸せを運ぶものでありますようにと心から願っている。
これは、穏やかに刻まれていく優しくて温かな時の中で、笑顔の貴方に会えますように…という私の願望が生み出した妄想の世界。(…リス役に立候補しますっ)