高野山 壇上伽藍 不動堂
和歌山県伊都郡高野町
1197年 建久8年、平家滅亡、奥州藤原氏の滅亡により東国に源頼朝を征夷大将軍とする武家政権が誕生して5年あまり。
南都では平家に焼き討ちされた東大寺が再建供養が行なわれるなど、国内は一応の安定を見せた頃、高野山では鳥羽上皇の皇女 八条女院の発願をうけ、行勝上人が一心院を建立しました。
外観は鎌倉時代の和洋建築であるものの、四方から見た建物や屋根の形状が違った珍しい平安貴族の邸宅風で、運慶作の八大童子像や、本尊
を不動明王を本尊としていることから、不動堂の名がつきました