源義経 奥州出立之地〜
首途(かどで)八幡宮
京都市上京区智恵光院通 今出川上る桜井町
首途と書いて、〜かどで〜と読みます。
とても読み辛く、めずらしい名前です。
かつて、この地は謎の商人、金売り吉次の屋敷があったと伝わります。
吉次の素性ははっきりしない謎の部分が多く、
吉次は奥州からは砂金と馬を、京からは雅な綺羅びやかな品々を持ち寄り行き来する大福長者(大金持ち)の商人とされ、ある日、鞍馬山参詣に訪れた吉次。
吉次は参詣の折り、交流ある鞍馬寺の僧と語ら
う中で、頑なに出家を拒んでいる沙那王(元服前の義経)という稚児に困っているという話が気になり、沙那王に近づくと…
〜我を奥州の藤原殿の元へ連れ出してくれ、知己の者から褒美を貰って与えよう〜
と持ち掛けられました。
秘かに申し出を了承した吉次は、自分の屋敷であるこの地で沙那王と合流し、旅立ちました。
首途八幡宮参道
源義経奥州首途之地碑
首途八幡宮本殿
首途八幡宮本殿
沙那王は吉次の屋敷近くの内野八幡宮で旅の安全を祈願しました。
内裏の北東に位置することで王城鎮護の神として崇められました。
旅立ち、出立のことを首途(門出〜かどて)ということから、以来 旅の安全に御利益をもたらすと故事に因み首途八幡宮となりました。