「奇人を愛し、個性を育てる」 一部引用編集簡略版
イギリス人は奇人(エキセントリック)の存在を許すだけではなく、愛好している。ちゃんとネクタイを結んで上着をつけている。といってもふつうではない。だらしなく来ている者が多い。他の国だったら、白眼視されることだろう。これはイギリス人だけの特徴だ。それでも、エキセントリックはみんな才能に恵まれている。
例えば博聞強識(投稿者注:普通「博聞強記」というようだ)で天才といえるが、髪がボウボウで太っているうえに、服装に無頓着だからシャツの下のボタンをとめないので下腹が見える人がいる。いつも後ろからシャツが飛び出している。日本の大手証券会社に働く友人が、天才が初めて来社したときに、全員がビックリしたといったので、腹を抱えて笑ったことがあった。
もっとも、日本だってついこのあいだまでは、奇人が許容されていた。明治時代には、奇人はまったく珍しくなかった。だが、日本はアメリカ型の大衆民主主義の影響をこうむって、人々がすっかり平準化してしまった。今日の日本の政治家で、十年、二十年後に語り草になるような者がいるだろうか。経済人も学者も、みな標準化したために、社会が魅力を減じてしまった。
エキセントリックの存在を誇りとするのは、イギリス人が旺盛な独立心を抱いているからである。イギリス人には全員、エキセントリックなところがあるのだ。日本から奇人がいなくなったのは、それだけ独立心が乏しくなったからだろう。人はみな、それぞれつくっている型紙が違うのだから、どこかエキセントリックであるべきだ。
一九九四年に英仏海峡トンネルが開通して、ロンドンーパリ間を快速列車のユーロスターが結ぶようになった。ユーロスターはパリを出発すると、時速二百キロ以上でトンネルまで疾走する。
ところが、いったんイギリス側に抜け出ると、速度を半分に落としてロンドンまで走る。これはフランス政府が強権をもって計画を進めることができるのに対して、イギリスでは私権が強くて、騒音問題に容易に決着をつけることができないからである。イギリスにはフランスのような強力な中央集権主義の歴史がない。
参考:加瀬英明著「イギリス 衰亡しない伝統国家」
加瀬英明氏は「ブリタニカ国際大百科事典」初代編集長