自分の人生をどう生きていくか?
誰もが一度は思い描くのではないでしょうか。
子供のころ…。
運動神経抜群の人は、プロスポーツ選手になることを夢見る。
勉強が得意な人は、難関大学に進むことを夢見る。
そして、大人になるにつれ、今度は自身がどのような職業に就いて、
どのように社会とかかわっていくかを考える。
その過程で、親や周りの勧めや助けがあることでしょう。
しかし、結局「自分自身がどうしたいか」が一番大切ではないかと思います。
私の子供時代、あまり良い思い出はありません。
運動神経は全くダメ…。
勉強はそこそこ嫌いではありませんでしたが、所詮「中の上」くらいのこと…。
コンプレックスを多く抱えていました。
ただ、高みを目指したい、というささやかな思いだけはありました。
でも、高校や大学進学、そして、就職も「第一志望」はことごとく夢かないませんでした。
そして、税理士試験にチャレンジ。
最初は順調だったものの、後半は失速…。
正直、最後に三連敗したときは諦めようとさえ思いました。
難関試験や高い倍率を突破することはどんなに努力してもかなわないのでは…。
そんな自分の運命を恨んだことも時にありました。
そんな思いを払しょくして、10年目にやっとの思いで税理士試験に合格。
そこから、少しだけ人生が変わったように思います。
今、充実した人生を送れているという実感があります。
最近、なぜ、税理士を目指したのか?を問い直しています。
運動がダメで、勉強も中の上の私…。
ただ、自分の思うことは曲げてはいけないという信念だけはあります。
その信念は、サラリーマンという人の命令に従うことが多い世界では、
「生意気な奴」というレッテルを張られることが多いです。
何事も自分の判断と責任で仕事をしたいという思いで選んだ仕事が税理士です。
それは、自分のわがままを通したいということではなく、
お客様へのサービス提供のレベルを含め、
社会から認められることを自分の手で成し遂げたい、
そんな思いで税理士という仕事を選びました。
実際、開業すると思いどおりになることばかりではありません。
第三者からの自身の評価はどうしても気になります。
一人で生きていくわけではありませんから、
時に納得できなくても慣例に従わなくてはならなかったり、
他人の期待に応えようと我を抑えて取り組まなくてはならないこともあります。
しかし、自分を抑えすぎることもどうなのでしょう…。
ふと、そんなことを考えてしまいました。
自分の信念を押し切ることもやはり必要です。
ただ、周りに迷惑をかけてはいけない…。
そんな葛藤があります。
答えは出つつあるのですが、もう少し思考を巡らせようと思います。
明けない夜はありません!
誰もが一度は思い描くのではないでしょうか。
子供のころ…。
運動神経抜群の人は、プロスポーツ選手になることを夢見る。
勉強が得意な人は、難関大学に進むことを夢見る。
そして、大人になるにつれ、今度は自身がどのような職業に就いて、
どのように社会とかかわっていくかを考える。
その過程で、親や周りの勧めや助けがあることでしょう。
しかし、結局「自分自身がどうしたいか」が一番大切ではないかと思います。
私の子供時代、あまり良い思い出はありません。
運動神経は全くダメ…。
勉強はそこそこ嫌いではありませんでしたが、所詮「中の上」くらいのこと…。
コンプレックスを多く抱えていました。
ただ、高みを目指したい、というささやかな思いだけはありました。
でも、高校や大学進学、そして、就職も「第一志望」はことごとく夢かないませんでした。
そして、税理士試験にチャレンジ。
最初は順調だったものの、後半は失速…。
正直、最後に三連敗したときは諦めようとさえ思いました。
難関試験や高い倍率を突破することはどんなに努力してもかなわないのでは…。
そんな自分の運命を恨んだことも時にありました。
そんな思いを払しょくして、10年目にやっとの思いで税理士試験に合格。
そこから、少しだけ人生が変わったように思います。
今、充実した人生を送れているという実感があります。
最近、なぜ、税理士を目指したのか?を問い直しています。
運動がダメで、勉強も中の上の私…。
ただ、自分の思うことは曲げてはいけないという信念だけはあります。
その信念は、サラリーマンという人の命令に従うことが多い世界では、
「生意気な奴」というレッテルを張られることが多いです。
何事も自分の判断と責任で仕事をしたいという思いで選んだ仕事が税理士です。
それは、自分のわがままを通したいということではなく、
お客様へのサービス提供のレベルを含め、
社会から認められることを自分の手で成し遂げたい、
そんな思いで税理士という仕事を選びました。
実際、開業すると思いどおりになることばかりではありません。
第三者からの自身の評価はどうしても気になります。
一人で生きていくわけではありませんから、
時に納得できなくても慣例に従わなくてはならなかったり、
他人の期待に応えようと我を抑えて取り組まなくてはならないこともあります。
しかし、自分を抑えすぎることもどうなのでしょう…。
ふと、そんなことを考えてしまいました。
自分の信念を押し切ることもやはり必要です。
ただ、周りに迷惑をかけてはいけない…。
そんな葛藤があります。
答えは出つつあるのですが、もう少し思考を巡らせようと思います。
明けない夜はありません!
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます