投資家の目線

投資家の目線863(「物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国」)

 「物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国」(中公新書)はウクライナ大使を務めた黒川祐次氏の著書である。最近話題に上るウクライナだが、かつて国土の多くがポーランド・リトアニア王国に編入されていた。そのとき、「リトアニア・ポーランド支配下、なかんずくポーランドの支配下にあったウクライナ社会の特徴は、貴族の力が強まり農民が農奴化していったことである」(p67)。ウクライナのルーシ人は、もともとは正教徒だった。しかし、「ポーランド貴族はルーシ貴族に比し多くの特権を有していて、正教徒のルーシ貴族にとってはカトリックに改宗しポーランド化することがポーランド貴族と対等になる道であった。こうして多くのルーシ貴族がカトリック教徒となり、言葉や習慣もポーランド化した。地方の小貴族や農民は正教を守っていたが、正教やルーシの言語は下層階級のものとみなされるようになった。そしてこの偏見は第二次世界大戦のときまで続くのである」(p74-75)。第二次大戦後、ウクライナの領土がポーランド側に拡大した影響もあるだろうが、ウクライナにはロシア文化よりポーランド文化の方が上という偏見も残っているのではないだろうか?

 その影響で、ユニエイトという新しい教会が生まれた。「ユニエイトは、正教の典礼に従い、ユリウス暦を使用し(カトリックはグレゴリオ暦を使用していた)聖職者の結婚も認めるが、ローマ法王に服従するとしている」(p75-76)。ウクライナが正教徒の国であるロシアの一部ではなく独立を保っていることは、カトリック勢力にとって好ましいことなのだろう。ちなみに法王ヨハネ・パウロ二世の時代には、『ヨハネ・パウロ二世の故郷であるポーランドの労働組合「連帯」に、バチカン銀行が一億ドル以上の資金を送っていた』(「バチカン株式会社」 ジャンルイージ・ヌッツィ著、忠コ・ルッジェリ・アンナ監訳、花木知子・鈴木真由美訳、柏書房 p31)という。

 「現在アメリカでは一五〇万人、カナダでは一〇〇万人のウクライナ系住民がいるといわれる。(略)またウクライナの独立後、アメリカは何かとウクライナの肩を持つ姿勢をとっているが、その理由のひとつとしてウクライナ系アメリカ人の存在があるといわれている。(略)私自身もウクライナに在勤していて、この移民による結びつきの強さに驚かされたものである。独立後ウクライナ政府に派遣されている各種顧問やウクライナとビジネスを行おうとしている者にはウクライナ系のアメリカ人、カナダ人が多いが、彼らはまるで自分の国のことのようにウクライナを愛し、ウクライナの役に立とうとしている。」(「物語 ウクライナの歴史」p155-156)。ウクライナとロシアの対立が過熱する現在、米、加のウクライナ系住民はウクライナを支援するよう政府や社会に働きかけるだろうが、米、加の社会が混乱している中、ウクライナ・ロシア問題へ介入する余裕はないだろう。一方、故ダニエル・イノウエ連邦上院議員によれば、『かつて当時の岸信介首相に「日本に日系人の大使を送りたい」と進言したところ、「日系人というのは日本を捨てた人たちでしょ。多くは貧しい人たちです。かたや、日本では外交官は名家の出が多いです。上手くいかないでしょう」という趣獅フことを言われたそうである』(「アメリカのジレンマ 実験国家はどこへゆくのか」 渡辺靖著 NHK出版新書p69-70)。日本は、ウクライナ系のように米国の日系住民と強い結びつきを作ることができているだろうか?

 「ウクライナで重工業が急成長すると工場労働者が必要となってくるが、その労働者は近郊の農村から集められるという単純な形にはならなかった。既述のように農民は土地不足と人口増で捌け口に困っており、確かに相当数が工業地帯に流れたが、それ以上に工場労働者になったのはロシア人であった。前述のとおり、ウクライナの都市は以前よりポーランド人やユダヤ人、ロシア人の住んでいるところであり、そこで言語、生活様式は農村に住むウクライナ人のものとは大きく異なっており、農民にとって都市は居心地の悪い異質な世界であった」(「物語 ウクライナの歴史」p163)。これを見ると、ウクライナには多くのロシア人が住んでおり、ウクライナ民族主義で国をまとめることは無理だろう。

 ロシア人労働者が大量に入り込んだからと言って、ロシアを責めるのは間違いだろう。先の続きで、「したがって工業化にともない労働者が必要となっても農民は必ずしも都市に働きに出なかった。それよりも農業に固執して、新しい土地を求めて極東地方などに移住した者も多かった」(「物語 ウクライナの歴史」p163)という。ロシア帝国時代、ウクライナのオデッサと極東のウラジオストクを結ぶ航路が存在していた。自作農のような自営業者を志向するウクライナ人は、他人に使われる労働者になりたいとは思わないのかもしれない。なお、「スターリンは農民をむしろ社会主義に対する抵抗勢力と考えていた節があり、彼らをスターリンの考える社会主義体制に組み込むには手荒な手段を使うのもやむを得ないと考えていた。」(「物語 ウクライナの歴史」p210)という。確かに、自営業者が存在しては、プロレタリアート国家にはなりえない。

 日本はウクライナと関係がある。「一九一八年、日本在住のウクライナ人、B・ヴォブリーはウクライナ国民政府の公認の産業代表となった。同年日本がシベリア出兵をした際、多くのウクライナ人が日本軍の支配下に入った。ソ連軍が戻ってきたとき、二〇〇人のウクライナ人がソ連側によって逮捕され分離主義者および日本への協力者として裁判にかけられた。(略)一九三〇年代ウクライナ民族主義者組織(OUN)は日本側と政治、軍事上の接触をした。日本側は極東における反ソヴィエト活動が高まることに関心があったからである」(「物語 ウクライナの歴史」p219~p220)。日本はロシアへのけん制として、ウクライナを支援しようとするかもしれない。

 ただし、ウクライナは腐敗国家である(「ウクライナはマフィア帝国」 BLOGOS 広瀬隆雄 2014/3/1)。フリー記者の常岡浩介氏は『ウクライナは「武器商人天国」』(2017/8/15)とツィートしていた。2009年12月にバンコクの空港で大量の兵器が押収されたとき、北朝鮮発の貨物機の行先はウクライナだったとタイ国営通信が乗員の発言を報じていた(「特集「緊迫!朝鮮半島」 北朝鮮から兵器を運搬か」時事ドットコムニュース)。当時の首相はガスの女王ティモシェンコだった。裏社会に牛耳されている国を支援するのは危険なことではないだろうか?

 故ズビグニュー・ブレジンスキーは著書「Strategic Vision」(2012年)で、アメリカの衰退(America’s decline)で最も危険な国の一つとして、ウクライナ(ベラルーシも)を挙げていた。「ソ連政府やロシアの史家は、ロシア人とウクライナ人はもともと一つの民族であったが…」(「物語 ウクライナの歴史」p109)とされ、ロシアにとってウクライナ再編入は失地回復に過ぎないのだろう。バイデン米政権は自国民にウクライナからの退避を勧告している。バイデン政権は経済制裁以上のことをやる意思はないようだ。バイデン大統領の次男、ハンター・バイデン氏はウクライナ企業から破格の報酬を受けていたにもかかわらずである(『「次男は月収500万円」バイデン父子がウクライナから破格報酬を引き出せたワケ 安倍政権の対ロシア外交を妨害も』 2020/11/27 プレジデントオンライン 名越健郎拓殖大学海外事情研究所教授)。

 エマニュエル・トッド著「帝国以後」(石崎晴己訳 藤原書店)には、「ウクライナに関して確信をこめて断言出来ることは、位置関係を変えることはないだろうということである。ロシアへの再接近はどうやら確実であるが、モスクワに完全に掌握されることもあり得ないだろう。」(p228)とある。マクロン仏政権もウクライナへの強力な介入はしないのではないだろうか?


追記:

2022/3/4
 2011年11月、ブロツワフ大学200周年の時、『「どうです。欧州連合(EU)に入る気はありませんか」。ポーランドのコモロフスキ大統領は周りに通訳しかいなくなった隙を突き、ウクライナのヤヌコビッチ大統領(当時)に切り出した。親ロシア派のヤヌコビッチ氏が唐突な申し出にギョッとしたそぶりを見せると、コモロフスキ氏はこうたたみかけた。「そうしたいなら、ポーランドが後押しします」ヤヌコビッチ氏は言葉を濁し、それを書き留める側近も周囲にいなかった。いまだに伏せられたままになっている当時の会談内容は、経済成長で自信が芽生えたポーランドの政策転換を物語る。』(「台頭ポーランド、独に接近、欧州の重心、東に傾く(地球回覧)」 2014/9/14 日本経済新聞朝刊)。今回の戦争の遠因はポーランドにありそうだ。「ユーシチェンコ政権はNATOへの早期加盟意思を示していたが,ヤヌコーヴィチ政権はNATOに加盟しない方針を明確にしている。」(「ウクライナ概観 (2011年10月現在)」 在ウクライナ日本国大使館HP)。2014年2月、ヤヌコビッチ大統領は国内の騒乱で失脚した。
 なお、北大西洋条約第5条は、実質的に米国製兵器購入の条項になっているようだ(『フランスが米国を批判、NATOは米国製兵器の「集団購入」は義務付けられていない』 2019/12/2 grandfleet.info)。

2022/5/8

↓ウクライナには、朝鮮民主主義人民共和国にミサイル技術を秘密裏に売却しようとした疑惑がある。

【北ミサイル】ウクライナ、ソ連の軍事産業集積地 技術流出の懸念つきまとう  2017/8/15 sankei.com

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