常に音楽はそばにあった。
音楽を聴かない日なんて一日もない。
朝、カーテン越しの光に起こされ、一番初めにすることはレコードに針を落とすことだ。
壁に飾ったレコードはいつのまにか、もう飾ることが出来ないくらいに増え、見渡す限りレコードに囲まれている。
酸味の効いたコーヒーとマッシュルームカットの四人組が一日の始まりを教えてくれる。
求めても叶うことの少ない時代だからこそ、このひと時は一日の中でもっとも幸せに感じさせてくれる時かもしれない。
高校時代はハードロックと激しいパンクにしか興味は向かなかった。
ほかの音楽は軟弱に思え、忌み嫌っていた。
大学に入り、希望を膨らませていたが、舞い上った風船はすぐに縮み、自分自身にひどく失望を覚えた。そのときに出会ったのがoasisというUKを代表とするバンドだった。
それまで忌み嫌っていた軟弱な音楽だった。
心が疲弊していたときにその隙間を埋めてくれたのがオアシスの曲だった。
梅雨の合間に見えた雲の切れ間から一筋の光がまるで自分の方向を指し示すかのようだった。
ある曲の途中から僕は咽び泣いてしまった。
でも何かが吹っ切れた。変わったといえば変わったが、何が変わったかは実感がない。
ただ、何かに枯渇していた心に本当のオアシスを見つけられた。
それからは偉大なる先人たちの音楽に明け暮れ、また今を生きている時代に警鐘を鳴らす若者が出てくると我先に飛びつき聞き続けた。
いつの間にか年下のバンドさえ出ているくらいになって、時代は確実に進んでいることを実感した。
でも横断歩道を歩く四人組を超える音楽はたぶん現れないだろう。
人生を満足に思えたときは一度もなかったけど、後悔はしていない。
何かを捨てて、何かを得る。
出会いは別れの始めっていうから、僕は出会いを悔やまないし、別れを惜しまないようにしている。
でも最近泣くことが多い。
最近、感傷的なものに弱くなってしまった。
それも大人になった証かもしれない。
分かっているよ、ジョン。
あなたが言ったリアルラブはそんなことじゃないってこと
だから、今日も音楽を聴き続ける。
何かを求め、何かを期待しながら…
音楽を聴かない日なんて一日もない。
朝、カーテン越しの光に起こされ、一番初めにすることはレコードに針を落とすことだ。
壁に飾ったレコードはいつのまにか、もう飾ることが出来ないくらいに増え、見渡す限りレコードに囲まれている。
酸味の効いたコーヒーとマッシュルームカットの四人組が一日の始まりを教えてくれる。
求めても叶うことの少ない時代だからこそ、このひと時は一日の中でもっとも幸せに感じさせてくれる時かもしれない。
高校時代はハードロックと激しいパンクにしか興味は向かなかった。
ほかの音楽は軟弱に思え、忌み嫌っていた。
大学に入り、希望を膨らませていたが、舞い上った風船はすぐに縮み、自分自身にひどく失望を覚えた。そのときに出会ったのがoasisというUKを代表とするバンドだった。
それまで忌み嫌っていた軟弱な音楽だった。
心が疲弊していたときにその隙間を埋めてくれたのがオアシスの曲だった。
梅雨の合間に見えた雲の切れ間から一筋の光がまるで自分の方向を指し示すかのようだった。
ある曲の途中から僕は咽び泣いてしまった。
でも何かが吹っ切れた。変わったといえば変わったが、何が変わったかは実感がない。
ただ、何かに枯渇していた心に本当のオアシスを見つけられた。
それからは偉大なる先人たちの音楽に明け暮れ、また今を生きている時代に警鐘を鳴らす若者が出てくると我先に飛びつき聞き続けた。
いつの間にか年下のバンドさえ出ているくらいになって、時代は確実に進んでいることを実感した。
でも横断歩道を歩く四人組を超える音楽はたぶん現れないだろう。
人生を満足に思えたときは一度もなかったけど、後悔はしていない。
何かを捨てて、何かを得る。
出会いは別れの始めっていうから、僕は出会いを悔やまないし、別れを惜しまないようにしている。
でも最近泣くことが多い。
最近、感傷的なものに弱くなってしまった。
それも大人になった証かもしれない。
分かっているよ、ジョン。
あなたが言ったリアルラブはそんなことじゃないってこと
だから、今日も音楽を聴き続ける。
何かを求め、何かを期待しながら…