あやか と しょうま のパパのブログ

パパから彩加と匠真へのてがみです。いつかよんでもらえたら、たのしくおはなししよう!

第4章の38(実)

2015-12-19 14:39:06 | 老子
以下 http://mage8.com/magetan/roushi05.html より引用

原文
上徳不徳、是以有徳。下徳不失徳、是以無徳。
上徳無爲、而無以爲。下徳爲之、而有以爲。
上仁爲之、而無以爲。上義爲之、而有以爲。
上禮爲之、而莫之應、則攘臂而扔之。
故失道而後徳。失徳而後仁。失仁而後義。
失義而後禮。夫禮者、忠信之薄、而亂之首。
前識者、道之華、而愚之始。
是以大丈夫、處其厚、不居其薄。
處其實、不居其華。故去彼取此。

書き下し文
上徳(じょうとく)は徳とせず、ここを以(も)って徳あり。
下徳(かとく)は徳を失わざらんとす、ここを以って徳なし。
上徳は無為にして、而(しか)して以って為にする無し。
下徳はこれを為して、而して以って為にする有り。
上仁(じょうじん)はこれを為して、而して以って為にする無し。
上義(じょうぎ)はこれを為して、而して以って為にする有り。
上礼(じょうれい)はこれを為して、而してこれに応ずる莫(な)ければ、
則(すなわ)ち臂(うで)を攘(はら)ってこれを扔(ひ)く。
故に道を失いて而して後に徳あり。徳を失いて而して後に仁あり。
仁を失いて而して後に義あり。義を失いて而して後に礼あり。
それ礼なる者は、忠信の薄きにして、而して乱の首(はじめ)なり。
前識(ぜんしき)なる者は、道の華にして、而して愚の始めなり。
ここを以って大丈夫(だいじょうぶ)は、
その厚きに処(お)りてその薄きに居らず。
その実に処りてその華に居らず。故に彼れを去りて此れを取(と)る。

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(12/21追記)
徳のある人は自分で徳があると思わないから徳がある。
徳の少ない人は徳を持とうとするから徳がない。
徳のある人は良心から自然に行い、
これは徳(お得・特別)だからと考えてはしない。
徳の少ない人は徳を積むために行動する。
思いやりのある人は良心から自然に行い、
これこそが思いやりだと考えてはしない。
(12/22追記)
正義など振りかざす者は、かっこつけの偽善者にすぎない。
礼儀に固執する者は、相手が応じなければ憤慨し
不遜な態度をとるものだ。
ゆえに、道が失われた後に道徳が重んじられ、
道徳が失われれば思いやりが重視され、
思いやりが失われたら正義が尊重され、
正義が廃れれば礼儀にしばられる。
礼儀などの表面上のことでは本当の信頼関係は築けない。
争いの始まりだ。
形式上の知識など、建前であり愚かな行いの始まりだ。
だから、本当に立派な人物は、本質を重んじて薄っぺらな
建前にとらわれない。中身を重視して上っ面にこだわらない。
つまり、形式・建前より本質・中身が大切なのだ。
他人の評価よりも自らの良心をとれ!

継続する行為には本質(良心)があるものだ。
損得勘定だけでは何事も長続きしない。

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