以下 http://mage8.com/magetan/roushi05.html より引用
原文
上徳不徳、是以有徳。下徳不失徳、是以無徳。
上徳無爲、而無以爲。下徳爲之、而有以爲。
上仁爲之、而無以爲。上義爲之、而有以爲。
上禮爲之、而莫之應、則攘臂而扔之。
故失道而後徳。失徳而後仁。失仁而後義。
失義而後禮。夫禮者、忠信之薄、而亂之首。
前識者、道之華、而愚之始。
是以大丈夫、處其厚、不居其薄。
處其實、不居其華。故去彼取此。
書き下し文
上徳(じょうとく)は徳とせず、ここを以(も)って徳あり。
下徳(かとく)は徳を失わざらんとす、ここを以って徳なし。
上徳は無為にして、而(しか)して以って為にする無し。
下徳はこれを為して、而して以って為にする有り。
上仁(じょうじん)はこれを為して、而して以って為にする無し。
上義(じょうぎ)はこれを為して、而して以って為にする有り。
上礼(じょうれい)はこれを為して、而してこれに応ずる莫(な)ければ、
則(すなわ)ち臂(うで)を攘(はら)ってこれを扔(ひ)く。
故に道を失いて而して後に徳あり。徳を失いて而して後に仁あり。
仁を失いて而して後に義あり。義を失いて而して後に礼あり。
それ礼なる者は、忠信の薄きにして、而して乱の首(はじめ)なり。
前識(ぜんしき)なる者は、道の華にして、而して愚の始めなり。
ここを以って大丈夫(だいじょうぶ)は、
その厚きに処(お)りてその薄きに居らず。
その実に処りてその華に居らず。故に彼れを去りて此れを取(と)る。
****************************
(12/21追記)
徳のある人は自分で徳があると思わないから徳がある。
徳の少ない人は徳を持とうとするから徳がない。
徳のある人は良心から自然に行い、
これは徳(お得・特別)だからと考えてはしない。
徳の少ない人は徳を積むために行動する。
思いやりのある人は良心から自然に行い、
これこそが思いやりだと考えてはしない。
(12/22追記)
正義など振りかざす者は、かっこつけの偽善者にすぎない。
礼儀に固執する者は、相手が応じなければ憤慨し
不遜な態度をとるものだ。
ゆえに、道が失われた後に道徳が重んじられ、
道徳が失われれば思いやりが重視され、
思いやりが失われたら正義が尊重され、
正義が廃れれば礼儀にしばられる。
礼儀などの表面上のことでは本当の信頼関係は築けない。
争いの始まりだ。
形式上の知識など、建前であり愚かな行いの始まりだ。
だから、本当に立派な人物は、本質を重んじて薄っぺらな
建前にとらわれない。中身を重視して上っ面にこだわらない。
つまり、形式・建前より本質・中身が大切なのだ。
他人の評価よりも自らの良心をとれ!
継続する行為には本質(良心)があるものだ。
損得勘定だけでは何事も長続きしない。
原文
上徳不徳、是以有徳。下徳不失徳、是以無徳。
上徳無爲、而無以爲。下徳爲之、而有以爲。
上仁爲之、而無以爲。上義爲之、而有以爲。
上禮爲之、而莫之應、則攘臂而扔之。
故失道而後徳。失徳而後仁。失仁而後義。
失義而後禮。夫禮者、忠信之薄、而亂之首。
前識者、道之華、而愚之始。
是以大丈夫、處其厚、不居其薄。
處其實、不居其華。故去彼取此。
書き下し文
上徳(じょうとく)は徳とせず、ここを以(も)って徳あり。
下徳(かとく)は徳を失わざらんとす、ここを以って徳なし。
上徳は無為にして、而(しか)して以って為にする無し。
下徳はこれを為して、而して以って為にする有り。
上仁(じょうじん)はこれを為して、而して以って為にする無し。
上義(じょうぎ)はこれを為して、而して以って為にする有り。
上礼(じょうれい)はこれを為して、而してこれに応ずる莫(な)ければ、
則(すなわ)ち臂(うで)を攘(はら)ってこれを扔(ひ)く。
故に道を失いて而して後に徳あり。徳を失いて而して後に仁あり。
仁を失いて而して後に義あり。義を失いて而して後に礼あり。
それ礼なる者は、忠信の薄きにして、而して乱の首(はじめ)なり。
前識(ぜんしき)なる者は、道の華にして、而して愚の始めなり。
ここを以って大丈夫(だいじょうぶ)は、
その厚きに処(お)りてその薄きに居らず。
その実に処りてその華に居らず。故に彼れを去りて此れを取(と)る。
****************************
(12/21追記)
徳のある人は自分で徳があると思わないから徳がある。
徳の少ない人は徳を持とうとするから徳がない。
徳のある人は良心から自然に行い、
これは徳(お得・特別)だからと考えてはしない。
徳の少ない人は徳を積むために行動する。
思いやりのある人は良心から自然に行い、
これこそが思いやりだと考えてはしない。
(12/22追記)
正義など振りかざす者は、かっこつけの偽善者にすぎない。
礼儀に固執する者は、相手が応じなければ憤慨し
不遜な態度をとるものだ。
ゆえに、道が失われた後に道徳が重んじられ、
道徳が失われれば思いやりが重視され、
思いやりが失われたら正義が尊重され、
正義が廃れれば礼儀にしばられる。
礼儀などの表面上のことでは本当の信頼関係は築けない。
争いの始まりだ。
形式上の知識など、建前であり愚かな行いの始まりだ。
だから、本当に立派な人物は、本質を重んじて薄っぺらな
建前にとらわれない。中身を重視して上っ面にこだわらない。
つまり、形式・建前より本質・中身が大切なのだ。
他人の評価よりも自らの良心をとれ!
継続する行為には本質(良心)があるものだ。
損得勘定だけでは何事も長続きしない。