220822_狂気
戦後5、6年の頃
津田山の陸軍墓地にときどき
軍服のまますぶりをする男がいた
だれもその人を「気が触れている」とは言わなかった
戦争ごっこをしているだけ、と子どもたちは思い、
並んで敬礼したり、はきはきした声で番号をいったりした
──しかし、日が暮れるとみんな家に帰った
若い男女だけが蚊にさされながらいちゃついた
その男はいつのまにか消えた
どこへいったのか
日本兵という狂気から冷めたのか……
しかし冷めなかった人々は戦争が終わってしばらくは
あっちこっちで惨殺を繰り返した
あるところでは島の住民をだれかれとスパイ扱いをしては
処刑し焼き捨てたりした
あるところでは
敵艦隊が来たと偽の情報を流し、
出撃準備をさせ事故に見せかけ何十名も殺してしまった
津田山の陸軍墓地の男は狂気を持っていたが
だれも殺さなかった、
子どもたちと遊ぶ心を持っていたから