一人暮らし 971221
老人はさみしいおもいで暮らした。
少女がこなくなったのだ。
しかしそれはいいことかもしれん・・・・
夕暮れの河原で少女とおしゃべり、
まいいさ、少しでもできたんだから。
彼女は河原の人生哲学教室の最初の卒業生だ。
長い一人暮らし、いつまでやってられるか、
ある日突然終わりがくるのかもしれん。
体のあっちこっちが痛み始めている。
ある日突然、「あなたは癌です」なんていわれたら・・・・
ちぇ、この年になって命をおしむとは。
老人は青春時代を思い出した。
朝鮮や満州での兵隊生活が彼の青春だった。
彼の記憶の中には、内地に帰ってから耳にする
日本軍の残虐行為は信じがたいものだった。
それは彼がけっこういいかげんな性格でどこへいっても
現地人と仲良くなってしまうからだった。
貧しいアジアの人々の独立のため命を落としてでも
戦う、これが日本軍の誇り、と彼は信じて疑わなかったのだ。
彼は山本五十六元帥を心から尊敬していたが、
なぜだか陸軍の兵隊になってしまった。
あとで耳にする日本軍の狂人的な数々の行為は
どうしても信じられなかった。
それらを真実として受け入れた時から彼は
戦争体験を誰にも話さなくなった。
それは彼の記憶の片隅でただ命令でやったことの中に
蛮行にあたるものが含まれていたからだ。
信じて行動する事のなかに狂気がひそんでいたのだ。
あんたはいい人、しかしその手は血で汚れている。
その一言が彼を五十年も苦しめたのだ。