7 全校集会
それから二日後の朝、体育場に全校生徒が緊急に集められ、校長が言った、「大変な事
が起こりました、4年生の生徒のひとりが大変な非行に走ってしまいました。6年生に暴
力を奮った上に、後日5万円を仲間の中学生に頼んで脅し取りました。ここまでなら、日
常ありうる事件ですが、父親に依頼し、おどしている場面を目撃していた人を、ええと、
橋の下に住んでいる人ですが、焼き殺しました」
急に生徒たちが騒ぎ始めた。
「静かに、動揺するのはわかりますが、事実です」校長は続けていった。
「我々はなんのために教育をしているんでしょう、そして君たちは何のために教育を受け
ているんでしょう。数学ができるようになる為、読み書きが、いやいや大切な事をひとつ
忘れています。それは一人の人間として良心に照らし合わせた正しい判断をもつことがで
きるように、と言う事が基本としてそなわるよう勉学にいそしむのであります。それが道
徳であり、倫理教育というものです。まったく、鴨居守というとんでもない生徒を出した
事に対し、我々自身の教育のいたらなさを痛感するものであります」
そのとき、教頭があわてて教壇にあがってき、耳打ちした、「校長、実名を出したらい
けません!」
「あ、そうだった、ごめんごめん」
このやりとりは、スピーカーの近くにいた生徒には聞こえてしまった。
それから一時間以上も生徒たちは校長の話を聞き、うんざりすると同時にほとんど洗脳
に近い形で、守の非行を信じ込んでしまった。そしてそれは、たちまち町の噂になり、テ
レビや新聞のニュースになってしまった。
守の母親は、神経質な方だったので、その話を聞き寝込んでしまった。そして病院には
誰も来なくなってしまった。
しかも、病院の看護婦たちも守を避けるようになった。
8 ひどい耳鳴り
守は、深夜になるとひどい耳鳴りで目を覚ますようになった。しかし、雰囲気的に昼間
に目を覚ましてしまうと自分がどうなるか感じ取り、意識不明の状態を演じた。『少年院
送りになるんじゃないか』と本気で思った。
そして幻聴、幻覚がひどくなり、病室のちょっとした模様を幽霊のように思ったり、外
の風の音や機械のかすかな連続音のなかに母親の声を聞いたりした。昼間の看護婦たちの
噂話が夜に聞こえてきたり、それを元に不幸な妄想が走ったり、そのうちストレスがたま
りじっとしてはいられなくなった。どっかで目を覚ましてしまわないかと思った。
ある日の深夜、起きて病院から出、見舞いにこなくなった母親の元へ行かなくちゃ、と
思ったが体が金縛りのようになっていて、身動きひとつと出来なかった。
思い切って体を回転させ、ベットの端まで行った。「もうどうなってもいい!」という
思いで、下に落ちた。しかし、床に体を打ちつける前に何かがやさしく受け止めてくれ、
無重力状態になり、浮かび上がり元のベッドに戻してくれた。
ええ!何、なんだろう……
しかも、ストレスまで少し消えているように感じた。
よし、もういちどやってみよう……
二度目ももどしてくれた、
三度目も。
しかも持ち上げられる時、柔らかい胸を感じた。そしてもう一度やろうとしたとき、「
いい加減にして、もういや!重い!」という女性の声がした。
「だ、だれ!?」守は急に動悸が激しくなってき、息が苦しくなってきた。
「看護婦がやってくる、いけない」声はそういった、「落ち着いて、息を大きく吸って、
お腹からゆっくりと吐き出して……」
守は言われるままにした。すると、2、3分で動悸は治まり、落ち着いてきた。
「私はコソンというの。お願い助けて、私を助けてくれたら、あなたに起こった不幸な出
来事を二人で解決しましょう……」
「ええ、どういうこと」
守がそういうと、相手は消えてしまった。
9
守は、昨夜の事があってずいぶんと落ち着いてきた。それでも昼間の寝たふりは、こた
えた。ストレスがたまってくるのがわかった。
きょうもコソンが出てくれないかな……こればかり楽しみだった。
深夜になり、またベッドの端に回転して行った。そして思い切って下に落ちた。
またやさしく何者かが受け止めてくれ、ふんわりと元にもどしてくれた。まるで雲のジ
ュータンに乗っているようだった。
二回目も。
「いい加減にしなさい、保健室の南和子よ」先生はそういうと、携帯の明かりで顔を浮か
び上がらせた。
「あ、南先生だ!」
守は思わず、先生の胸に顔をうずめた。すると悲しくなってき、涙がとめどなく出てき
た。
「苦しかったでしょう、あなたのお母さんは、大丈夫よ、心労のあまり倒れちゃったけど
、元気にしているわ。お母さんから頼まれ、私が付き添いに来たの」
「あれ、きのう『お願い助けて』とかって言わなかった。コソンという名前も、あれ何?
」
「そうなの、実は私は宇宙人なの」
「そんなの信じないよ」守は顔をあげた。
「あ、私の胸は守ちゃんの涙と、鼻汁とでぐしゃぐしゃ」
「ごめんなさい……宇宙人だ何て嘘だろう、嘘つきは泥棒の始まりって校長先生がいって
た」
「そうね、でも、SFごっこってしてみない。私ね、大学の卒論で『SFにおける心理治
療的効果、というものを書いたの」
「なにそれ、むずかしくてわからない」
「かんたんよ、あなたたちがやる『ごっこ遊び』が心にどういう影響を与えるかの研究。
ほら、SF映画なんか見たとき、その映画のSFごっこやるでしょう」
「うん、それなら少しわかる。先生、そういえば、少し前、夜空を双眼鏡で見ていたとき
」守は元気な声で話し始めた。
「少し、声が大きい、小さな声でね」
「わかった、あのさ……このまえね……」