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気ままな雑記帳です。話題はあれこれ&あっちこっち、空を飛びます。別ブログ「時代屋小歌(音楽編)(旅編)」も、よろしく。

不世出のサブマリン、山田久志投手

2008年09月19日 | 懐かしい系、あれこれ

野茂投手が日本の野球選手のメジャーへの道を切り開き、数多くの選手がメジャーに挑戦するようになった。

今では、日本の野球選手がメジャーに行くのは、ちっとも珍しくなくなった。
野手ではイチローはメジャーでも特別な選手とまで評価されてるし、日本人ピッチャーはあちこちのメジャーリーグチームで活躍しているのは、ご存じの通り。


そのせいで、日本のプロ野球の地盤沈下が起きてる危惧はあるのだが、日本の選手がむこうで大活躍すると、それはそれで嬉しいものがあるから、ちょっと複雑ではある。

まあ、それはさておき。
私は、時々考えることがある。
メジャーへの挑戦が一般的になった今の風潮が、昔からあったとしたらどうだったであろう・・ということ。
そうであれば、過去に、メジャーでやらせてみたかった選手は数多くいる。

よく言われるのが、ONであるが、それ以外にもたくさんいる。
金田、江夏、掛布、山本浩二、平松、マサカリ村田、郭タイゲン、遠藤(大洋)、斉藤雅樹、秋山、その他、その他。
それこそ、ちょっと考えただけでも、色んな名前が出て来る。
中でも特に・・あの人がもしメジャーに行ってたら・・と思うのが、阪急の山田投手だ。
山田久志。阪急ブレーブスのエースにして、不世出のサブマリン。
サブマリンというのは、ここでは「下手投げ」という意味だ。

私は、彼は日本一ピッチングフォームが美しかった投手だったと思ってる。
芸術品ともいえる、ピッチングフォームだった。

1968年にプロ入りし、1988年に引退。
通算284勝、166敗。
文句なしに阪急ブレーブスの大エースであり、大投手であった。
ズピードガンが当時は今程には一般的ではなかったはずなので、何キロ出ていたかは私には分からないが、話によるとやはり150キロ近いスピードが出ていたようだ。
しかも、ただの「150キロ近い」ではない。
下手投げから投げる球が、それほどのスピードが出ていたのである。
こんな投手、そうそう現れるものじゃない。

下手投げ・・ってだけでも珍しいのに、直球が150キロ近く出て、シンカーという必殺技もあった。
後にも先にも、日本球界ナンバーワンのサブマリン投手だろう。
不幸なことに、阪急ブレーブスの試合のテレビ放送は、あまりなかった。
だが、断片的に見た映像では、特に強打の外国人バッターに彼はめっぽう強かった印象がある。
きりきり舞いさせてた印象がある。

そういう印象があるから、余計に私は「メジャーでやらせてみたかった選手の筆頭」に思うのかもしれない。
もしメジャーで投げてたら、野茂に負けないくらいの活躍や衝撃を全米に与えた可能性は高いと思っている。

山田投手というと、よく引き合いに出される試合がある。
それは1971年の巨人との日本シリーズ第3戦である。
9回まで1-0で阪急が勝っており、勝利は目前だった。
が、2アウト、ランナー1塁3塁・・という状況で出て来た王貞治に3ランホームランを打たれて負け、がっくりうなだれる山田投手姿の映像が、今もたまに紹介されることがある。
日本プロ野球の歴代の名シーンとして。

私は、この試合をリアルタイムでは見ていない。
だが、山田投手は、この「負け」をその後の糧として、さらにレベルの高い投手になっていった・・というのも、よく知られた話である。


サブマリン投手というのは、前にも書いたが、そんなに多くはいない。今現在の日本の野球界でも数人いるかいないか・・くらいなものだ。まったく見かけない時代もある。
だから、下手投げの投手が登場して来た時は、つい注目してしまう。
で、つい、山田投手と比較してしまう。
だが、山田投手と比較されたんじゃ、そのピッチャーは、たまったもんじゃないだろうね(笑)。
山田投手はやはり、別格のサブマリンだったのだ。通算成績の数字が、それを物語っている。
だからこそ、彼を、全盛期にメジャーに行かせてみたかった・・。
まあ、タイムマシンでもないと、それはもうムリだけどね(笑)。

ともあれ・・彼のような絶対的で圧倒的なサブマリン投手がまたいつか登場してくるのを・・密かに私は楽しみにしているのだ。


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