ヨハネによる福音書 1章。
29 その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。
*過去では世の人々の原罪を取り除く神の子羊イエスキリストという意味。
現代では世の罪人を取り除く神の子羊イエスキリストと言う意味。
30 『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである。
*洗礼者ヨハネより先に生まれたのがイエスキリストなので、洗礼者ヨハネが弟であり、イエスキリストが兄である。
親の神ヤハウェ → 長男イエスキリスト → 次男聖霊洗礼者ヨハネ。
31 わたしはこのかたを知らなかった。しかし、このかたがイスラエルに現れてくださるそのことのために、わたしはきて、水でバプテスマを授けているのである」。
32 ヨハネはまたあかしをして言った、「わたしは、御霊がはとのように天から下って、彼の上にとどまるのを見た。
33 わたしはこの人を知らなかった。しかし、水でバプテスマを授けるようにと、わたしをおつかわしになったそのかたが、わたしに言われた、『ある人の上に、御霊が下ってとどまるのを見たら、その人こそは、御霊によってバプテスマを授けるかたである』。
34 わたしはそれを見たので、このかたこそ神の子であると、あかしをしたのである」。
*神ヤハウェは地上に降ろした聖霊洗礼者ヨハネにイエスキリストを見かけたら水の洗礼をせよと命令していた。
水の洗礼で罪を洗い流し、次にイエスキリストは十字架の刑により自身を神ヤハウェへの生贄とし死んで、全人類の原罪を消滅させる。
イエスキリストの血の契約である全人類第1の復活を神ヤハウェに約束させるためである。
聖霊がキリストの上に留まるのを見たら=洗礼者ヨハネがキリストと出会ったら、その人こそ、現代に聖霊を地上に降ろす約束を神ヤハウェに取り付ける方である。
35 その翌日、ヨハネはまたふたりの弟子たちと一緒に立っていたが、
36 イエスが歩いておられるのに目をとめて言った、「見よ、神の小羊」。
27 ヨハネは答えて言った、「人は天から与えられなければ、何ものも受けることはできない。
28 『わたしはキリストではなく、そのかたよりも先につかわされた者である』と言ったことをあかししてくれるのは、あなたがた自身である。
29 花嫁をもつ者は花婿である。花婿の友人は立って彼の声を聞き、その声を聞いて大いに喜ぶ。こうして、この喜びはわたしに満ち足りている。
30 彼は必ず栄え、わたしは衰える。
31 上から来る者は、すべてのものの上にある。地から出る者は、地に属する者であって、地のことを語る。天から来る者は、すべてのものの上にある。
32 彼はその見たところ、聞いたところをあかししているが、だれもそのあかしを受けいれない。
33 しかし、そのあかしを受けいれる者は、神がまことであることを、たしかに認めたのである。
34 神がおつかわしになったかたは、神の言葉を語る。神は聖霊を限りなく賜うからである。
*神ヤハウェが遣わした聖霊は聖書の正しい内容を語る。神は聖霊を無限に助けるからである。
35 父は御子を愛して、万物をその手にお与えになった。
36 御子を信じる者は永遠の命をもつ。御子に従わない者は、命にあずかることがないばかりか、神の怒りがその上にとどまるのである」。