第1話 スニ40とスユ44の違いは?
国鉄時代に製造された、荷物車にワキ10000をベースとした車両で、1968(昭和43)年から製造されたスニ40を基本に製造された車両でした。
写真は、wikipediaから引用した、スユ44の写真、そして、もう1枚下の写真が同じくwikipediaから参照したスニ40
spaceaero2 - 投稿者自身による著作物 岡山駅, CC 表示 3.0, リンクによる 画像wikipedia スユ44
spaceaero2 - 投稿者自身による著作物 大阪駅, CC 表示 3.0, リンクによる 画像wikipedia スニ40
いかがでしょうか?
スニ40とスユ44の違い判別できるでしょうか?
スユ44には「荷物」表記のところに「郵〒便」と言う表記が入る程度で、ドア上部にも「〒」マークが入っているだけで、殆ど差異は認められないわけですが、それもそのはずで所有が郵政省か国鉄かの違いだけであり、全く共通仕様となっていました。
当時の資料を参照しますと、昭和46年から製造されたのですが、東北線用として4両が新製されたそうで、郵政省所有であると明記している反面将来共通運用することも想定されておりその場合は郵便マークを裏返すことで国鉄の荷物車として扱う事とすると書かれています。
東北線の郵便輸送のため、車輪付ボックスパレット専用の郵便客車スユ 44 が 4両新製された。これはスニ 40 と全く同形式の車両であるが、郵政省の所有であるため、側引戸に「〒」マークが取付けられている。将来、スニ40 との共通運用を考慮、 して、 「 〒 」マークは差し込み式となっており、荷物車として運用する場合は、マークを裏向けにする。
引用終わり 出典:交通技術 1972-10b 記事を参照するには登録が必要です。(登録無料)
と書かれており、スニ40とスユ44は全く同一であることが判ります。
第2話 オユ11の話し
郵政省所有の郵便車には、スユ44のような締切便や車内で扱いをしない護送便、更には車内で区分を行う取扱便がありました。
主に速達などが取扱便として消印をされていたようで、郵便車にもポストがあって直接投函できるようになっていたとか・・・。
さて、そんな郵便車ですが郵便車と荷物車の合造車に関しては国鉄が所有して郵政省に使わせる形でしたが、郵便車1両まるごとの場合は郵政省の私有車としての扱いになっており1957(昭和32)年から製造されたオユ11の増備車として、1971(昭和46)年にはオユ11 100番台が5両だけ新製冷房車として製造されています。
冷房装置搭載に際しては、配電板のスペースを確保するため、区分棚を軽合金製とし、木製区分棚との板厚の差で、冷暖房配電盤のスベースを生み出したと書かれています。
なお、冷房装置は区分室に二基。郵袋室(連結面寄りの前後)に各1台設置されています。
詳細は前述の交通技術昭和47年増刊号に記載されていましたので、引用させていただきます。
オユ11が 5 両新製されたが、郵便客車としてはじめて冷房化され、郵便区分室に 2 台、郵袋室に各1台の AU13 形冷房装置が備えられている。また、冷房用電源装置を利用して、電気暖房も可能である。冷房化したため、冷暖房配電盤が設けられたが、従来通りの郵袋室容積を確保するため、区分棚を軽合金製とし、木製区分棚との板厚の差で、冷暖房配電盤のスベースを生み出している。
同時に区分室 ・ 休憩室はできるだけ不燃性材料を使用して、難燃化をはかつている。また、休憩室には電気冷水器 ・ 車掌弁を設けた。
引用終わり 出典:交通技術 1972-10b 記事を参照するには登録が必要です。(登録無料)
さらに、オユ11 0番台もも引き続き冷房改造が図られることとなります。
郵政省の車両は職場環境の改善と言うことで比較的早い時期から冷房化などが進みますが、荷物車は冷房化されることはなくより重労働であろう荷物列車の方が過酷な環境というのもちょっとなんだかなぁと思ってしまいます。
お詫び:オユ14は。昭和47年から製造開始でした、昭和46年製造はオユ11-101~105でした。訂正の上お詫び申し上げます。
オユ11-100番代の写真がなかったので、削除させていただきました。
********************************************************
取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に
ご意見・ご要望 kato.y.1960@gmail.com
国鉄があった時代 JNR-era
*******************************************************
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます