いよいよ1万人の感染者を超え、全国に緊急事態宣言を発令を仏教的に考える。
というタイトル。そこでご紹介したいのが、この詩です。
聖夜 九条 武子
星の夜空の うつくしさ
たれかは知るや 天(あめ)のなぞ
無数のひとみ 輝けば
歓喜(かんぎ)になごむ わがこころ
ガンジス河の 真砂(まさご)より
あまたおわする ほとけたち
夜ひるつねに まもらすと
きくに和(なご)める わがこころ
いかがでしょうか。
この詩が 示すところの喜びを この地球の一員として感じて見たいものです。
コロナウィルスと共存できるその日まで。
西本願寺はポッドキャストを配信しています。その中のお話から抜粋してご紹介いたします。
(参考)仏さまにいだかれて 九條武子さまの生涯(2005年1月第4週)
冨井 都美子(とみい とみこ)≪京都府善蓮寺住職/本願寺派布教使≫
九条武子様のお父さまが風邪をひいて寝込んでしまわれました。それが元と なって持病が進み、1903(明治36)年1月18日にお亡くなりになりました。武 子さまは生まれて初めてひとの死に出合われ、 死といふものが、こんな造作ないものかとも思はれた (『同』18頁) と仰っておられます。 お住まいには百華園と名づけにれたお庭があって、その名に相応しく四季折 々の花が咲き、1年中絶えることがないそうです。お父さまがお亡くなりにな ったとき、その花々を見て、 百華園の春はひとの死もしらず、涙もしらず、花から花につづく晩春のさ びしさは喩えるべくもない。とおっしゃっています。
親鸞聖人の詠まれたご和讃に、 阿無阿弥陀仏をとなふれば 十方無量の諸仏は 百重千重囲繞して よろこびまもりたまふなり (『浄土和讃』『註釈版聖典』576頁) とあります。このご和讃の前の数首には、菩薩や仏法を護る神までもが、南無 阿弥陀仏を称える人を「よるひるつねにまもる」と詠まれています。親鸞聖人 は、阿弥陀さまの大いなるはたらきによって恐れるものはなく、そのはたらき の確かなことを表してくださいました。ですからわたくしたちもお預かりしたいのちを精一杯全心全力でこのコロナ禍の中でも日々生き抜こうではありませんか。
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