森美術館で開催されている「ディン・Q・レ展:明日への記憶」に行ってきました。
ディン・Q・レはベトナム生まれで、子どもの頃にベトナム戦争によってアメリカに亡命したアーティスト。今回の展示がアジアにおける初の大規模個展になるそうです。
実は観に行くまではなんとなく気が重い展覧会でした。
「ベトナム戦争」がテーマということで、
”ベトナム戦争”についてよく知らないから理解できないかも…
”戦争”がテーマといったら、残虐なイメージの作品が多くて暗い気分になってしまうかも…
なんていう不安が大きかったからです。
でも実際に足を運んでみるとそんなイメージとは全く異なっていて、本当に行って良かった!と思いました。
見せ方がとても面白く、美しい作品に見入っているうちにその裏に隠された意味が見えてきて、考えさせられる作品の数々… ”ベトナム戦争”のことについてちゃんと知ろう…と自発的に調べたくなるような展示になっていました。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《無題(パラマウント)》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
この展覧会の作品で興味深かったのは、以下の3点です。
① ポップだったり、美しかったり、壮大なインスタレーションだったり… 視覚的に興味を持てる作品。
まず、”戦争がテーマ”=”暗く悲劇的な作品”というイメージを覆されたことが大きな驚きでした。
例えば「傷ついた遺伝子」というこれらの人形や洋服などの作品。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《傷ついた遺伝子》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
カラフルな人形は一見ポップなキャラクターのようにも見えますが、2つの頭をもった子どもの人形を見ると「あ、ベトちゃん・ドクちゃんだ」と連想してしまいます。枯葉剤による「結合双生児」をテーマにしたこれらの作品は、ホーチミン市内で展示販売することでこの問題について人々の議論を促す目的で作られたそうです。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《傷ついた遺伝子》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
実際に展示販売されている映像もありましたが、ベトナム内でも有名な問題ではないのでしょうか、活動に理解を示して商品(作品)を手に取る方もいれば、「気持ち悪い!」「(頭が2つもあるなんて)1つ切り落としちゃえば?!」なんていう反応もあって衝撃的でした。でも、戦争が終わった後にもこんな爪痕が残っているなんて、こんな風に示されなければ気づかないことかもしれません。
② アメリカ以外の視点から、様々な人が一人称で語っている。
”一般論”ではなく、戦争を経験した本人の語りが中心となった作品が多いです。こういったインタビュー映像の作品だと、内容は興味深くても映像自体はあまり面白くない事は多々あると思うのですが、ここもやはり見せ方がとても面白かったです。
例えば「農民とヘリコプター」という作品は、金銭的な理由でヘリコプターを所持できない村で、独学でヘリコプターを開発する農民と、その周囲の人の反応を表した映像作品です。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《農民とヘリコプター》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
自身もベトナム戦争でヘリコプターの恐怖を体験しつつも「災害や戦時中でも、ヘリコプターがあれば人命を救う事ができる」「外国人にできることはベトナム人にもできるはず」と語る開発者。会場内には、その開発品のヘリコプターも展示されています。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《農民とヘリコプター》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
同じように戦争を体験してきた人の中には「今では(ヘリコプターは)大事な友達、怖がらなくていい」と賛同する人もいる一方で、
「(いくら役に立つものでも)ヘリコプターは人の道に外れている」「(いくら役にたっても)いらない」と頑に拒否をする人も。
自分たちの手でヘリコプターを作るなんて疑いなく希望に満ちた素晴らしい行動に見えますが、歴史によって異なる価値観が存在することに気づかされ、はっとしました。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《農民とヘリコプター》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
この作品は、インタビューを基本としたドキュメンタリー作品ですが、三面スクリーンにベトナムの美しい田園風景に、現在と過去の映像の交差。そして、様々な人の意見がテンポよく切り替えられ、何ループも見てそれぞれの話す意味を噛み締めたくなるような作品でした。
(これまで”ヘリコプター=戦闘用”のイメージがあまりなかったのですが、ヘリコプターの隊列に追いかけられ、至近距離から射撃される映像を見ていると、「ヘリコプターは人の道に外れている」という意味も分かります…
作家名/作品名:ディン・Q・レ《農民とヘリコプター》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
③ 一見美しい作品の中に”アメリカに対する皮肉”も込められている。
「ベトナム戦争」について一歩ひいて語っているようにも見える展示ですが、その中にはアメリカに対する皮肉も込められているのも興味深いところでした。
例えば「ベトナム戦争のポスター」は、一見どこかのおしゃれなカフェの壁紙のように白黒のポスターが一面に展示されていますが、ここにはベトナム戦争の報道写真と、数値によってベトナム戦争でのアメリカとベトナムの被害の比較がなされています。
ベトナムが勝ったはずの戦争ですが、被害者はベトナムの方が圧倒的に多い事を実際に数値で思い知らされます。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《ベトナム戦争のポスター》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
アメリカでのベトナム戦争を扱った映画のシーンを用いた「父から子へ:通過儀礼」でも、アメリカからの視点からしか語られることがないことや、実際に戦争の舞台となっていないアメリカにとっては戦争は”通過儀礼”のひとつではないのか?といった批判が感じられます。
これらの3つの特徴はどの作品にも共通して現れているように感じましたが、今回の展覧会の中で特に印象的だったのは「抹消」というインスタレーション作品です。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《抹消》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
燃える船の映像の周りには、今にも沈みそうな本物のボート。そのボートが浮かぶ海は、たくさんの写真によってできています。
これらの写真は、ホーチミンのマーケットで買い集められたもので、家族写真など、誰かの家のアルバムを覗いているような個人的な写真ばかりです。来館者がこれらの写真から1枚を選ぶと、その写真はボランティアスタッフによってスキャンされ、インターネット上にアーカイビングされます。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《抹消》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
戦争などのニュースでは「死者○○万人」「難民○○万人」と一言で表されてしまいますが、そのひとりひとりにそれぞれ違う人生があって、家族がいて、生活があった…ということを強く認識する作品でした。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《抹消》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
私は、東日本大震災の際に津波で流された写真を洗浄するボランティアを行っていたのですが、その体験とこの作品には近い感覚を受けました。写真が海を表現していたことも原因のひとつかもしれませんが、全く知らない人の個人的な写真だけれども自分の思い出ともリンクして、同じように生きているひとりひとり、という感覚が共通して感じられました。また、写真を「残す」ということの大切さも感じる展示でした。
考えさせられることが多い展覧会でしたが、展覧会を見終わった後は、暗く重い気分ではありませんでした。
それは、視覚的に美しかったからだけではなく、作品の中から未来への希望や、ベトナムという国の持つ力強さを感じることができたからではないかと思います。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《愛国心のインフラ I》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
「過去に学ぶ」ことはもちろん大切ですが、その悲劇を伝え・誰かを責めるのではなく、これからどうしていくべきなのか、と前向きに考えさせてくれるような展覧会でした。
作家名/作品名:ディン・Q・レ《光と信念:ベトナム戦争の日々のスケッチ》
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
あと2週間ほどですが、ぜひ多くの方に見ていただきたいなと思う展示でした。
なお、こちらの展示では、音声ガイドを無料で貸していただけます。展示パネルにある解説に加え、ディン・Q・レさんご本人の言葉が収録されていました。ぜひこちらもご活用ください。
■DATA■
2015年7月25日(土)-10月12日(月・祝)
10:00–22:00(火曜日のみ、17:00まで)
一般1,800円、学生(高校・大学生)1,200円
ディン・Q・レはカンボジアとの国境付近のハーティエンに生まれ、10歳の時、ポル・ポト派の侵攻を逃れるため、家族とともに渡米しました。
ベトナム戦争終結から40年、日本にとっては戦後70年の節目を迎えたいま、国家や社会の「公式な」歴史の陰で語られることのなかった市井の人々の名もなき物語を読み直しつつ、アートと社会のより密接な関わりを探ることはきわめて重要な課題ではないでしょうか。本展ではディン・Q・レの作品とユニークな活動を通して、私たちの過去と現在、そして未来について考えます
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