真似屋南面堂はね~述而不作

まねやなんめんどう。創業(屋号命名)1993年頃。開店2008年。長年のサラリーマン生活に区切り。述べて作らず

朝鮮戦争のソ連軍の撃墜王、92歳で健在の由 追記あり

2010-07-02 | 日記
新聞社のデスク氏が「明日の紙面に朝鮮戦争で飛んだソ連軍の飛行士の話を出す」というので、
このことか?
と聞いてみたところ、23機を撃墜したエースが92歳で存命であり、特派員がインタビューした内容が掲載される由。
リストの筆頭に記載のN V Sutyagin氏ではないか。

なんと読むの?ニコライ・スチャーギン?
7月3日の新聞で確認できるでしょー、と。

朝鮮戦争勃発60周年ということで、考えてみると朝鮮戦争関連の過去エントリが何点かあった:
日本の戦後復興期から高度成長へのとっかかりをうまくつけたという意味で、朝鮮戦争には足を向けて寝られないのだが、どこまで認識されているだろう・・。

日本人の骨とルーツ 2009-01-13

キルレシオが10対1とかいう話はじつは違いました、と?朝鮮戦争航空戦の記録 2009-03-12
上掲「朝鮮戦争におけるソ連軍エース」リストは、この際に見つけていたもの。

ハルバースタム最後の作品 『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』(上/下)を読む 2009-11-30

二人のジーン・タカハシ~D.ハルバースタム最後の雑誌寄稿のひとつ 2009-12-01 |

『英国空軍少将の見た日本占領と朝鮮戦争』 Spitfires in Japan・・・抄訳 2010-04-05

【後日追記】
ネット上でN V Sutyaginと記載されていた23機撃墜のエースが、新聞社インタビューによると「エフゲニー・ペペリリャエフさん=モスクワ在住」と記載あり。
まあ本人に会ってきたというので、そちらの方が正しいのでしょう。

Ye G Pepelyaev氏のスコアが19+4(僚機に計上)の由なので、計23機というわけね。
まあ、こういうものは生き残った者勝ちなのでしょう。

朝鮮戦線のソビエト ミグ・エース達
①イェフゲニー・ペペリャエフ
②ニコライ・シュチャーギン
というのが公式の順位である模様。

ニコライ・シュチャーギン少将は1986年10月12日死去の由。

プラモデルにもなっている有名人?
1/72 MiG-15 bis イフゲニー・ペペリャエフ

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