真似屋南面堂はね~述而不作

まねやなんめんどう。創業(屋号命名)1993年頃。開店2008年。長年のサラリーマン生活に区切り。述べて作らず

「泣き虫」チャーチル 大英帝国を救った男の物語 広谷直路 2023/12

2024-04-19 | 読書-歴史

「泣き虫」チャーチル | 集英社インターナショナル 公式サイト

2024年はチャーチル生誕150年を迎える節目の年。本国イギリスでも再評価が進む政治家チャーチル。その波瀾万丈の生涯を、チャーチル研究をライフラークとする著者がドラマチ...

集英社インターナショナル 公式サイト

 


第1章 血と汗と涙と苦汁
第2章 血を流して戦う国民
第3章 ヒトラーvs地獄の悪魔
第4章 大統領という愛人
第5章 「敗北と不名誉とはわけが違う」
第6章 「ロンメル!ロンメル!ロンメル!ロンメル!」
第7章 「ディス・イズ・ユア・ヴィクトリー!」

「泣き虫」チャーチル―大英帝国を救った男の物語

涙もろくて喧嘩っ早い。従来のイメージを覆す、痛快無比の「偉人」伝!

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本邦入門者向けに良いかも。
日本のおっさんが日本人のために書いた評伝なので。
あちこちから、話を盛り上げるようなエピソードを要領よく引っ張ってきていて、さらに、日本人には意外と認識されていない基本的な事項もわかりやすく解説。
ちょっと講談調というか、有名な演説中の名文句等々もぬかりなく紹介~名文句集を巻末に再掲するなど、憎いニクイ。
さすがは雑誌編集者として大成した業界の大物氏?

多数の著書があるチャーチルは、本の執筆に際しては秘書団が資料調べやら口述筆記やらでヒィヒィ言いながら(もののたとえですってば)サポートしたことが知られる.
彼の執筆は、演説原稿もちょっとした手紙類も、書籍も、全部が口述筆記。
まずタイプさせて、それに修正を入れる。

本書の著者の助手チームは、本書執筆サポートにあたってヒィヒィ言わされた?
あとがきで謝意が表されている「集英社インターナショナル並びに提携スタッフの皆さん」に多大のご苦労をおかけした模様だな。
「『泣き虫』チャーチル」広谷直路著|日刊ゲンダイDIGITAL

ウィンストン・チャーチルの名言30選|心に響く言葉 | LIVE THE WAY

ウィンストン・チャーチルのプロフィール ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチル・1874年11月30日に生まれ、1965年1月24日に亡くなる。・イギリスの政治家、軍人...

LIVE THE WAY

 


関連の当店過去エントリや、検索結果などをメモ的に:
第1章 血と汗と涙と苦汁
p41 見えすいた《罠》
これね→1940年5月、チャーチルが気付いて避けた罠 - 真似屋南面堂はね~述而不作

第2章 血を流して戦う国民
p53 ”ホーリーフォックス”
映画TVで映画:ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男 Darkest Hour (2017) - 真似屋南面堂はね~述而不作でも、”ホーリーフォックス”と陰で呼ばれていたわねw
Edward Wood, 1st Earl of Halifax - Wikipedia
ずばりそれをタイトルにした評伝もw
The Holy Fox - Andrew Roberts, British historian, British history writer, Masters and Commanders, A History of the English Speaking Peoples since 1900

p74 大西洋横断飛行のヒーロー
ナンシー・アスター子爵夫人については、ちょっとうるさいのよねw
『おだまり、ローズ―子爵夫人付きメイドの回想』 (ロジーナ・ハリソン著 新井雅代訳 2014年) - 真似屋南面堂はね~述而不作
1932年の訪米/帰郷時、スピーチしながら手首をぼりぼりと掻く?
Lady Astor In USA - Speech (1932)

p86 父の国から母の国に
番組:海を越えたアメリカン・プリンセス Million Dollar American Princesses 1~3話 (追記あり) - 真似屋南面堂はね~述而不作リンク切れ御免!

第3章 ヒトラーvs地獄の悪魔
p102 ビルマルートで日英せめぎ合い
1940年6月、日本の参謀本部が東京駐在の英国陸軍武官を呼び出して、ビルマルートの閉鎖を要求し、「外務省の如きは全然無力で、なんら日本の実勢力を代表していない。日本陸軍は今日、日本を代表する実勢力である。」と告げた由。
二重に傲慢千万な。
J.OLD 散歩道日記「外交回想録」(1953年発行・毎日新聞社版)重光葵著

p107 チャーチル・葉巻・拳銃
駆逐艦・基地協定 Destroyers-for-bases deal - Wikipedia
ドラマ「刑事フォイル」でも、その件をテーマにした回があったのよ。
"Foyle's War" Fifty Ships (TV Episode 2003) ⭐ 8.5 | Crime, Drama, Mystery

p110 「イギリス帝国主義野郎」
Harry Hopkins - Wikipedia
根強いソ連のスパイ説。

p122 ヒトラーの日本不信
チャーチル英首相より松岡外相への書簡 1941年04月12日
現下の情勢判断に関する英首相チャーチルの松岡外相宛書簡 - 日本の歴史年表
指摘事項は、ズバリ言えてたぢゃ内科、なのだが、当時の日本の指導層は、適切な判断ができない状態だったわけでね。
それにしても、「ちょっと冷静に考えてみてくださいな。コレコレについてはどうなると思いますか?」という問いかけ式の洗練されたお手紙だったのだが、頭に血が上った状態だった日本側には通じなかったわけで。
トホホ感

p124 日ソ中立条約の舞台裏
帰国する松岡外相をモスクワ駅に見送るスターリンの写真あったわ→ロシア人気質: Meine Sache 〜マイネ・ザッヘ〜

第4章 大統領という愛人
p136 米大統領の「夏休み」

USS Potomac (AG-25) - Wikipedia

 

USS Potomac (AG-25), formerly USCGC Electra,was Franklin D. Roosevelt's presidential yacht from 1936 until his death in 1945.
On August 3, 1941, she played a decoy role while Roosevelt held a secret conference to develop the Atlantic Charter.

p 154 「アメリカは参戦すべきでしょう!」
FDRが大西洋会談の際、付き添わせた息子に「ウィンストンは戦時下の首相としては完璧だろうな。けれど、戦争がおわっても首相をやるのかな?今のままで通用するかどうか・・・」と語った件が、聞いた息子本人の本などから引用・紹介される。
ははは、鋭いこと。
Elliott Roosevelt (general) - Wikipedia

p172 英国海軍、敗れる
マレー沖海戦の件→「アマゾンおケイ」の肖像 小川和久 2022年9月 - 真似屋南面堂はね~述而不作

第5章「敗北と不名誉とはわけが違う」
p178 主治医モーラン卿
チャーチルは、大戦に米国が参戦してから元気いっぱいになった由。
真珠湾攻撃の報を聞いて大喜びしたというからね。
なんとかしてアメリカを引きずり込まないと、帝国の将来はないと確信していたことがわかるね。
それが実現したのだから。

p181 《ヒヨッコの首ったま》
Winston Churchill's 'chicken' speech in 1941~カナダ議会での演説
Watch Churchill's 'Some Chicken, Some Neck' Speech

p183,p207においてアーネスト・キング - Wikipediaの役職を「海軍軍令部総長」としているのはよくない。
アメリカ海軍作戦部長 - Wikipedia
「旧日本帝国海軍で言えば軍令部総長にあたる」からといって、「軍令部総長」と表記しただけで済ませるのは不適当であろう。
海軍省制服組トップのChief of Naval Operationsが伝統的訳語の「部長」では偉い感じがしないという議論には一理あるが、米側に「軍令部」と訳す組織があるわけではないし。

p187 史上初の東京空爆
The Doolittle Raid | Full Documentary | Jimmy Doolittle | Missions That Changed The War l The B-25
ドーリットル空襲 - Wikipedia
“任務終了後は空母に帰投・着艦するのではなく、日本列島を横断して当時、日本軍と戦争中であり、連合国軍の主要構成国の1国であった中華民国東部に中華民国国軍の誘導信号の下で着陸する予定となった”
その理由について、本書では「空爆後帰還してきても、B-25のサイズでは空母の格納庫に収まりきらない。」からだというのは、どこから出た話だろうか?
(控え目に言ってめちゃくちゃでは)

日米開戦後4カ月の(日本軍イケイケの)時期に、空母は初めて日本近海に近づいて爆撃機を発艦させ次第、(日本機や潜水艦等に襲撃されないよう)大急ぎで退避することが必須であり、爆撃隊が帰ってくるのを近海で漫然と待つなど、ありえない。日本が配備していた監視艇を艦隊随伴の駆逐艦などが砲撃して沈めており、既に発見位置を通報されていることは明らかだし。

そもそも、空母に着艦するためには着艦フック(アレスティング・フック /arresting hook)アレスティング・フック - Wikipediaが機体に装備されていないとアレスティング・ワイヤー - Wikipediaで行き足を止めることができない。
“「ホーネット」で装備化された改良型のMk.4 mod.3Aでは重量7.26トン・速度137キロメートル毎時まで制動可能なようにアップデートされた。”
ということなので、設計段階からアレスティングフックを装備する構造にしていない陸上機に、あとからフックだけ装備することはできない(機体構造強度の計算等々、根本的再設計が必要となるのでは)中、B-25ではアレスティング・ワイヤーの制動可能重量と速度を上回るので、(仮にフックが装着可能と仮定した場合でも)どう頑張っても着艦を試みる発想には至らない。

もとより、機体は全機失われることが前提だったので(蒋介石軍にプレゼントできればそれも良し)、「格納庫に収まる」かどうかなどを理由に挙げた原稿がOKになったのが不思議。
格納庫に収まらない(エレベーターにも当然収まらない)からこそ、爆撃機を飛行甲板上に露天係留して米本土から発艦地点まで航行したわけで。

p197 マンハッタン計画
チューブ・アロイズ - Wikipedia
「暗号名チューブ・アロイズ 〜原爆投下・秘められたチャーチルの戦略〜」 - BSスペシャル

第7章「ディス・イズ・ユア・ヴィクトリー!」
p236 ノルマンディー
Jock Colville - Wikipedia
Sir John Rupert Colville, CB, CVO (28 January 1915 – 19 November 1987) was a British civil servant. He is best known for his diaries, which provide an intimate view of number 10 Downing Street during the wartime Premiership of Winston Churchill.
秘書官に起用されたエリート氏。

The Private Secretaries

Finest Hour 183, First Quarter 2019 Page 21 Two of Winston Churchill’s longest serving private secretaries were, like the man they worked for, keen and sharp-wit...

International Churchill Society

 

日本の総理大臣なんかも、秘書官としてやってきた警察官僚氏を気に入り、長~~~~く使った事例があったりするよね。

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