また職場で働く女性たちも声を上げだした。
私たちにも雇用均等法で管理職の登用と行政や企業に訴えた。声高く上げて運動する女性たちも多くなっていた。
「権利」を求めて「責任」は頓挫した内容の文書が正当化されていった。
このとき声を上げた人たちが日本の敗戦後にアメリカがほとんど作った民主主義のはじめの教育を受けた世代である。
あいまいな「憲法」や「教育」は理屈をそれも屁理屈を語る人種を生んでしまった。
権利ばかりを要求してもそれをどうして自己責任をとっていくのか。
これを東寺も現代の女性も語らない。穴の開いた権利である。
このことの確約もなく今日にきた。
個々の思考がバラバラに飛び交っている。
私が雑誌記者をしていた1982年から1987年はまさにそんな時代の走りだった。1990年に入ると女性の高学歴者が増えた。
論議はするけれど自分はどうあるべきか。
提議と行動と結果、提議をしても行動を起こすけれど連携のできない女性たちが多くいた。どこかで「私が、私が」と女性たちのグループで摩擦がたえずどこかでおこっていた。理屈で論議するのは上手になったが相手への要求はするけれど自分が他者の意見を受け入れない女性が増えてきた。
こんな状況を見ながら私は在日韓国人の新聞社の記者になった。
もちろん在日同胞社会でも理詰めで周りを困らす人も中にはいるが、相手に対する逃げ道を作らないでとことんするところはない。
どこかで相手の人を考えて逃げ道を作っている。
先日、あるところで出会った女性の行動や言動にまだ1980年代の女性の権利だけ叫び続けている人がまだいることがわかった。
もうそんな時代ではない。
これからは相手の心を汲み取りどこかで逃げ道をつくる度量が必要とされる。
私が私がといってきた。これは家族社会でもおたくは夫でなくて妻がお宅でしきりるいう家族社会、父親の居場所がない家庭を作ったのは権利、権利ばかりを言ってきた。責任論から遠ざけてきたのが家庭崩壊につながっている。
家族の中で放任ととことこん干渉して逃げ道を作れない母親が多くなったことが現在の秩序の乱れにもなっている。
ときにはどこかで忘れてきたものがあってもそれを受け止める。また家族にもどこかで置き忘れてもその失敗をみつめてやる。
もっとも大事なものを1980年代から90年代に置き忘れてきた。
声高く自己出張をする女性に出会って1980年代、雑誌記者をしていたころの女性が社会に出始めたころを思い出した。今日の社会のモラルの欠如はこのへんにあるかもしれない。
そんなこという私も対した人物ではない。
恥ずかしいが書いてみた。
私たちにも雇用均等法で管理職の登用と行政や企業に訴えた。声高く上げて運動する女性たちも多くなっていた。
「権利」を求めて「責任」は頓挫した内容の文書が正当化されていった。
このとき声を上げた人たちが日本の敗戦後にアメリカがほとんど作った民主主義のはじめの教育を受けた世代である。
あいまいな「憲法」や「教育」は理屈をそれも屁理屈を語る人種を生んでしまった。
権利ばかりを要求してもそれをどうして自己責任をとっていくのか。
これを東寺も現代の女性も語らない。穴の開いた権利である。
このことの確約もなく今日にきた。
個々の思考がバラバラに飛び交っている。
私が雑誌記者をしていた1982年から1987年はまさにそんな時代の走りだった。1990年に入ると女性の高学歴者が増えた。
論議はするけれど自分はどうあるべきか。
提議と行動と結果、提議をしても行動を起こすけれど連携のできない女性たちが多くいた。どこかで「私が、私が」と女性たちのグループで摩擦がたえずどこかでおこっていた。理屈で論議するのは上手になったが相手への要求はするけれど自分が他者の意見を受け入れない女性が増えてきた。
こんな状況を見ながら私は在日韓国人の新聞社の記者になった。
もちろん在日同胞社会でも理詰めで周りを困らす人も中にはいるが、相手に対する逃げ道を作らないでとことんするところはない。
どこかで相手の人を考えて逃げ道を作っている。
先日、あるところで出会った女性の行動や言動にまだ1980年代の女性の権利だけ叫び続けている人がまだいることがわかった。
もうそんな時代ではない。
これからは相手の心を汲み取りどこかで逃げ道をつくる度量が必要とされる。
私が私がといってきた。これは家族社会でもおたくは夫でなくて妻がお宅でしきりるいう家族社会、父親の居場所がない家庭を作ったのは権利、権利ばかりを言ってきた。責任論から遠ざけてきたのが家庭崩壊につながっている。
家族の中で放任ととことこん干渉して逃げ道を作れない母親が多くなったことが現在の秩序の乱れにもなっている。
ときにはどこかで忘れてきたものがあってもそれを受け止める。また家族にもどこかで置き忘れてもその失敗をみつめてやる。
もっとも大事なものを1980年代から90年代に置き忘れてきた。
声高く自己出張をする女性に出会って1980年代、雑誌記者をしていたころの女性が社会に出始めたころを思い出した。今日の社会のモラルの欠如はこのへんにあるかもしれない。
そんなこという私も対した人物ではない。
恥ずかしいが書いてみた。
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