アジア映画巡礼

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強固で誠実な十代の愛を描いた『少年の君』

2021-07-15 | 中国映画

昨日見た『ソウルメイト 七月と安生』の曾國祥(デレク・ツァン)監督の最新作『少年の君』が、明日から公開となります。『ソウルメイト』も力作だったのですが、まだあちこちに甘いところがあって、突っ込んだり、ほころびを見つけたりできたものの、今度の『少年の君』は鋼鉄のような作品で、ただただお見事と言うしかありません。この凄さ、及ばずながらお伝えしてみたいと思います。まずは映画のデータをどうぞ。

『少年の君』 公式サイト
2019年/中国・香港/中国語/135分/原題:少年的你/英語題:Better Days
 監督:曾國祥(デレク・ツァン)
 主演:チョウ・ドンユイ(周冬雨)、イー・ヤンチェンシー(易烊千璽)、イン・ファン(尹昉)、ホアン・ジュエ(黄覺)、ウー・ユエ(呉越)、チョウ・イエ(周也)
 提供:クロックワークス/楽天TV
 配給:クロックワークス
 協力:大阪アジアン映画祭
7月16日(金)より新宿武蔵野館ほかにてロードショー公開

2015年現在子供たちに英語を教えているチェン・ニェン(陳念/チョウ・ドンユイ)は、2011年にはまだ安橋市の高校3年生で、理系10組で大学入試(普通高等学校招生全国統一考試=高考)を目指し猛勉強していました。ところがある日、同級生でいじめられっ子だった女子生徒が、校舎から中庭に飛び降りて自殺してしまいます。直前まで一緒に給食を運んだりしていたチェン・ニェンは、思わず進み出て彼女の遺体に自分の上着を掛けてやります。

しかしながらそれがいじめっ子たちの目に留まり、その後の警察の事情聴取ではチェン・ニェンは何も喋らなかったにもかかわらず、今度はチェン・ニェンがいじめのターゲットにされてしまいます。女子生徒3人組とその取り巻きの男たちから手ひどい暴行を受けたり、学校では様々な嫌がらせに遭う毎日。ある日、びくつきながら帰宅する途中チェン・ニェンは、自分と同じように数人から暴行されている男子を見かけて警察に通報しようとしますが、男たちに見つかってしまい、巻き込まれることに。何とか彼らの手を逃れた2人でしたが、その男子はシャオベイ(小北/イー・ヤンチェンシー)と言い、身寄りのない街のチンピラでした。明くる日、シャオベイは前夜のケンカで壊れたチェン・ニェンの携帯を直してくれ、その後もチェン・ニェンの前に現れて、一人暮らしの粗末な住居に連れて行ったりします。

チェン・ニェンは母親との2人暮らしでしたが、母親は生活費やチェン・ニェンの学費を稼ぐため、怪しげなフェイス・パックの販売に手を染め、多くの人から「詐欺師!」「金を返せ!」と責められていて、家にはほとんど帰って来ませんでした。家に人々が押し寄せ、母親の顔を印刷した非難ビラが周囲に貼られる始末で、やがてそれは級友たちにも知られてしまいます。警察が介入して以前の自殺事件の再調査なども行われますが、チェン(鄭/イン・ファン)刑事が気に掛けてくれたことで、かえって女生徒3人組のチェン・ニェンへのイジメはひどくなります。

チェン・ニェンはシャオベイの家に避難し、いじめっ子から身を守るためシャオベイをボディガードに雇い、将来の出世払いで彼に日々守ってもらうようになります。さすがにいじめっ子たちも手を出さなくなりましたが、ある晩、シャオベイが警察に事情聴取されていて迎えに行けなかった時、これまでのうっぷんを晴らすようにいじめっ子たちはチェン・ニェンに襲いかかり、髪の毛を切ったり、服を剥いだりと、暴虐の限りを尽くします...。

映画の冒頭と最後に説明が付けられているように、本作は激しい大学受験戦争の中での、高校におけるいじめが描かれていきます。それは目を覆いたくなるようなすさまじさなのですが、登場する教室の異様な光景を見ると、高校生たちの心がゆがむのも無理はない、と思えてきます。中国では、北京大学、清華大学といった名門大学を頂点に、日本以上の大学ランキングが厳然と存在するようで、そういった一端が本作の中で見られます。なるべく頂点に近い大学に行くことが将来の安定した生活を保障してくれる、という考え方ですが、主人公のチェン・ニェンは非常に成績がよく、北京大に受かる点数を取ってこの街から出て行くことを一心に念じていじめにも耐えている、という設定です。

それに対し、シャオベイは13歳の時に父が彼と母を置き去りにし、さらにその後母にも遺棄同様の扱いをされる、という過去を持っています。この話をしたあと、シャオベイは彼の傷を心配するチェン・ニェンに、「”痛い?”なんて初めて聞かれた」と言うのですが、それだけで幼い時から今までの、彼の悲惨な人生が一瞬のうちにわかってしまいます。それに対してチェン・ニェンは、「私と一緒にこの街を出ない?」と提案し、そこから2人だけの契約に基づいた、新たな世界への脱出劇が始まって行くのです。監督が描きたかったのはまさにこの部分で、契約を愛と言い換えてもいいのですが、いじめも貧困も不幸な家庭環境も乗り越えて未来に進める、強固で誠実な愛が2人を結びつけていく姿は、観客の胸を震わせます。

最後の部分ではある事件が起こり、サスペンス風味が強くなっていきますが、このハラハラドキドキも含めて、非常に中身の濃い作品です。『ソウルメイト 七月と安生』にも見られた、短いカットを積み重ねてたたみかけるようにシーンを構成する手法は今回も健在で、時空を超えたショットが混じっていて、一瞬何を意味するのか判断に迷うときがあるのも同じです。ですが、『ソウルメイト』では安生役のチョウ・ドンユイが1人目立ち、他の2人は「背景に移動」感があったのに対し、『少年の君』ではイー・ヤンチェンシーの存在感がチョウ・ドンユイに一歩もひけを取らず、見応えのある場面を次々に展開してくれます。将来が楽しみな俳優ですが、これほどの作品にはなかなか出会えないかも知れません。

それにしても、デレク・ツァン監督の手腕には恐れ入るばかりです。メイキング映像を見てみると、『ソウルメイト』の撮影時より貫禄がついたようで、『ソウルメイト』のメイキング時に見られた演出姿よりも、もっとリラックスして撮っているように感じられます。監督も、着実に成長している、といったところでしょうか。『ソウルメイト』も『少年の君』も、原作の小説があってそれの映画化となっているのは、文学好きなのか、それともまだ独自の物語を描くまでには至っていないということなのか――この先の監督の仕事を見続けていくと、やがてわかると思います。以前、香港のアクション映画のいくつかに出演していた時は、「エリック・ツァンの息子」という肩書きがいつもついて回りましたが、そのうちエリック・ツァンの紹介に「デレク・ツァン監督の父」という肩書きが付くかも。今上り坂駆け上がり中のデレク・ツァン監督作『少年の君』、楽しみにして劇場にお出かけ下さい。最後に特報と予告編を付けておきます。

『少年の君』7.16(金)公開【特報】

7.16(金)公開『少年の君』本予告

 

なお、映画をご覧になったあとで、こちらこちらこちらのメイキング映像もぜひ。登場するキャストにもスタッフにも、大きな拍手を送りたくなってしまいます。なお、舞台は「安橋市」となっていますが、これは架空の街で、撮影は重慶で行われています。坂道や階段の多い重慶の街、今回も映画にぴったりの雰囲気を濃密に醸し出してくれ、重要なシーンの名脇役にもなっています。

<写真クレジット・長いので最後にまとめました>
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