アジア映画巡礼

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『タレンタイム~優しい歌』覚え書き<3>カーホウ

2017-05-03 | 東南アジア映画

大好評のマレーシア映画『タレンタイム~優しい歌』。東京のシアター・イメージフォーラムでは、上映が5月26日(金)まで延長されました。いつだったかこのブログの記事に、「4月28日まで」と書いてしまってすみません。お詫びして訂正します。ただ、上映が1日1回だけになりましたので、お出かけの際には時間をチェックして下さいね。こちらの公式サイトでおわかりのように、全国で上映されるシアターがどんどん、どんどんっ!と増えています。お近くのシアターで上映されましたら、即、チケットを買ってご覧になって下さい。ご期待に200%応えられる、故ヤスミン・アフマド監督の秀作です。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

さて、少し前から書き始めた「『タレンタイム~優しい歌』覚え書き」、今回は中華系の生徒であるカーホウ(ハワード・ホン・カーホウ)についてちょっとまとめてみます。そう、タレンタイムの舞台では二胡(普通話:アルフー/広東語:イーウー)を弾いていた少年ですね。「カーホウ」は漢字を当てはめると「家豪」か「家浩」ではと思います。本作では、マヘシュを演じている俳優、マヘシュ・ジュガル・キショールと共に、カーホウもそのキャラを演じるハワード・ホン・カーホウの名前から取られています。

カーホウは「中華系」と書きましたが、マレーシアでは「華人」、マレー語では「orang Cina」と呼ばれる民族集団に属しています。「華人」は元は「華僑」と呼ばれていたのですが、「僑」には「仮住まい」の意味があるため、マレーシア独立前後に、中華系の人々もマレーシアの国民を形成する一部であり、「華僑=仮住まいの中国人」ではない、ということから、「華人」の呼称が定着するようになりました。また、標準中国語、つまり中華人民共和国では「普通話」と呼ばれる言葉も、「華語」と呼ぶようになって今日に到っています。華人の住む地域や経営する店舗では、英語、マレーシア語表記と並んで、漢字表記も目立ちます。


 イポーの町の中華料理の食堂

ただ、「華人」と言っても、その出自によって様々に分かれます。マレーシアでは華人が人口の23.4%を占めますが、祖先の出身地による割合は次のようになります。 

  福建系   37.7%
  客家系  20.4%
  広東系  19.9%
  潮州系   9.3%
  福州系   4.7%
  海南系        2.6%
  その他   5.4%
(注)Wiki "Malaysian Chinese" の人口別表(2003年7月)を元に割り出したもの。10万人以下の言語集団は「その他」に含めた。

カーホウはこの中で広東系の集団に属するのですが、それはカーホウがタン先生と話す時や父との会話に広東語を使っていることからわかります。ただ、最後の方で級友のメルキンと話す時は華語なので、おそらく広東系の家庭に生まれ、小学校では華語教育を受け、今は英語ミディアムのこの学校で学んでいる、というような登場人物プロフィールが考えられたのでは、と思います。カーホウが二胡で弾く歌は「茉莉花(ジャスミンの花)」という曲で、ちょっとアレンジが異なるのですが、台湾の人気歌手蔡琴(ツァイ・チン/5月6日から公開の台湾映画『台北ストーリー』の主演女優であり、同作の監督エドワード・ヤンと一時結婚していた人でもあります)が歌う画像がありましたので、付けておきます。

茉莉花 - Mo Li Hua (Jasmine Flower) Sung By: 蔡琴 (Cài Qín) (With Lyrics)

カーホウの弾く二胡のメロディーはピート・テオがアレンジしたのでは、と推測しますが、演奏もとても上手でしたね。それまでのカーホウが見せる、優等生的なかたくなさとはまったく違う側面が見られて、このシーンでカーホウを見直した方も多いはず。カーホウの「一番にならなきゃ」という切羽詰まった心境は、恐いお父さんという存在のせいでもあるのですが、マレーシアの華人なら誰でもが感じるプレッシャーのゆえなのです。カーホウがハーフィズに皮肉を言ったように、マレーシアではマレー系の人々が優遇されます。これに対して華人は、マレー系の人よりも何倍も能力がないと優遇政策の壁を打ち破ることができないため、多くの華人は子弟に高い教育を受けさせ、時には海外留学させて能力を身につけさせます。ですので、マレー系でありながら優等生であるハフィズの存在は、カーホウにとっては「許せない」となるのですが、その2人が最後には...というのがヤスミン・アフマド監督らしいところですね。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

そんなカーホウを演じたハワード・ホン・カーホウですが、実はヤスミン・アフマド監督の実際の遺作と言うべき短編映画『Chocolate(チョコレート)』(2009)にも起用されています。これは、ピート・テオがプロデュースした『15 Malaysia』という連作の中の1本で、15人の監督がそれぞれいろんなテーマで作った作品を集めた中に入っています。ヤスミン・アフマド監督のミューズと言ってもいいシャリファ・アマニが雑貨店に買い物に来たマレー系の女生徒を演じ、カーホウはその雑貨店経営者の息子という設定で、冒頭に母親と海外留学を巡って華語で言い争うシーンが挿入されます。声だけしか出てこない母親ですが、演じているのは『タレンタイム~優しい歌』ではムルーの家のお手伝いさん役だったタン・メイリン。タン・メイリンもヤスミン・アフマド監督のお気に入りの女優で、『細い目』(2004)と『グブラ』(2006)では夫に対してキツく当たる母親を演じていましたが、この『チョコレート』でもキツい言い方で、マレーシアの華人が抱える不満を息子にぶつけています。

'Chocolate' by Yasmin Ahmad - English subtitles - 15Malaysia

上の作品の声の出演者、タン・メイリンはこちら。『タレンタイム~優しい歌』ではお手伝いさん役なのですが、メルーたち三姉妹の第二の母的存在でもあり、存在感を放っていましたね。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

ハワード・ホン・カーホウは、その後も「ホン・カーホウ」名で俳優やモデルとして活躍を続けており、その活躍の一端がわかるのが彼のFBです。大人になったカーホウがいっぱい見られ、『タレンタイム~優しい歌』や『チョコレート』撮影時のスナップも出てきます。マレーシアでは華人監督も増え、マレーシア語以外の言語で製作される映画も増えましたので、ホン・カーホウと日本で再会できる可能性もありますね。『タレンタイム~優しい歌』をきっかけに、ぜひマレーシア映画全般にも広く関心を寄せて下さることを願っています。



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