宿泊したのは気仙沼だったので、まず大船渡線BRTに乗車する。最初は専用道路を走っていたが、鹿折唐桑の先からは一般道を走行、さらに三陸道を走行した。大人の休日パスシーズンに立ち客が出たけど特例だったのだろうか。
陸前高田を出ると盛までは専用道路を走行する。途中ですれ違うバスはなかった。
BRTを大船渡で下車、陸前赤崎まで3キロほど小走りで移動した。
陸前赤崎からは、三陸鉄道の駅降り、駅降りした順序は以下の通り、数字は盛からの駅数。
1陸前赤崎ー5三陸ー2綾里ー3恋し浜(歩)4甫嶺ー9釜石ー15岩手船越ー13吉里吉里(バス)12大槌ー14浪板海岸ー10両石(歩)9鵜住居ー18豊間根(バス)17陸中山田ー16織笠
盛は海側に駅舎のある2面3線、大船渡線BRTの到着が駅舎側の片面ホームを使い、島式ホームは大船渡線BRTの気仙沼方面と三陸鉄道が使う。その横に三陸鉄道の側線が1本、ヤードの外れに岩手開発鉄道の小さいホームがある。両ホームは跨線橋で結ばれているが、BRT乗り場を平面横断できるので使う人はいない。駅舎はBRT駅と三陸鉄道とで分かれている。BRT駅は有人だが窓口扱いをするのは、9時45分から17時までである。駅周辺には商業施設があったが、朝早いためか静かだった。
陸前赤崎は築堤の上にある海側片面、ホーム中ほど待合室の盛寄に小さい坂道での出口、久慈寄にスロープで広場に出るバリアフリー出口がある。周辺は復興の工事をしている最中で通行止めのところが何ヵ所かあった。
綾里は海側に駅舎のある相対式、両ホームは盛寄の跨線橋で結ばれている。駅舎は土産物やと雑貨やを兼ねていて、切符の販売も行う。駅舎横には祭りに使う龍が祀られていた。比較的高いところにあるので駅周辺の津波被害はなかったが、ある程度降りると空き地になっているところも出るようになる。
恋し浜は海側片面で築堤の上にある駅、久慈寄に長い階段出口、盛寄に公民館の広場に繋がる廊下のような出口がある。待合室には神社のような紐と鈴があり、その周りには願い事を書いたホタテ貝が絵馬のように飾ってあった。また、鈴もあった。そのためか2分ほど停車する列車も何本かある。
甫嶺は築堤の上にある山側片面、階段出口は盛方向に降りている。
三陸は築堤の上にある島式、海側にある駅舎とは、ほぼ久慈寄りの地下通路とで結ばれている。駅舎は観光センターとして、土産物屋と食堂を兼ねている。もちろん切符の販売を行う。それに隣接して公民館の建物もあった。坂を少し降りると、広い空き地がある。そこには学校があったが津波に飲み込まれた。
釜石は山側駅舎の3面5線、片面ホームは海側にあり、他のホームからは離れている。JRは1番線から3番線、三陸鉄道は主に4、5番線を使う。駅舎はJRと三陸鉄道バラバラになっているが、通路や3番線、4番線ホームは共用となっている。駅舎はリアス線開通前からリニューアルされており、隣接してJR系ホテルのフォルクローロがある。
両石は海側駅舎、築堤の上にあるがそんなに高くなく、ホームへの階段段数も少ない。
鵜住居は島式、山側にある出口へは、盛寄りの構内踏切を経由する。また、久慈寄りから山側へは横取線が分岐している。土産物などを売っている鵜の郷交流館は構内踏切と直接つながってない。鵜住居駅は周辺の民家ごと津波に流された。その跡地には震災の慰霊設備、うのすまいトモスを整備、先述の鵜の郷交流館や震災の時の様子を後世に伝えるいのちをつなぐ未来館、釜石祈りのパークが整備された。また、海側にはラグビー場が整備された。
大槌は島式、海側駅舎とは久慈寄りの構内踏切と結ばれている。盛寄りからは側線が分岐している。駅舎は近くの蕪島をモデルにしたひょっこりひょうたん島をモチーフにしたもの。そのためか、あちらこちらにひょうたんのキャラクターの人形やシールがあった。駅舎には土産物やを兼ねた観光案内所、ラーメン屋が入居していた。新しい駅同然なので駅前ロータリーが整備、周辺には復興住宅が建ち並んでいた。
吉里吉里は海側片面、以前は相対式だったが、山側の線路が撤去されホームだけが残った。海側の土地より高いところになるので、ホーム真ん中に階段出口がある。海には近いものの、高いところにあるので津波の被害からは免れた。
浪板海岸は海側片面、ホーム中程と久慈寄りに出口があり、駅前には小さなロータリーが整備されている。比較的高い場所にあるものの、津波はここまで流れてきて、線路が消失してしまった。待合室駅舎も洒落たものが新設された。
岩手船越は山側に待合室駅舎のある相対式、両ホームは盛寄りの構内踏切で結ばれている。宮古方面は駅舎側の1番線から発着するが、始発の宮古行は2番線から発車する。高いところにあり被災してないので、駅舎はJR時代と同じだ。歩いて10分のところにある鯨と海の科学館は線路より低いところにあるので、津波で展示物が流されてしまった。
織笠は海側片面、JR時代は1キロ南にあったが、市街地に近い地点に移動した。そのため、実質新駅で新しいホームに洒落た待合室が設置された。久慈寄り出口はオーバーパスする国道に階段でつながっており、盛寄り出口は整備されたロータリーにつながっている。
陸中山田は海側に駅舎のある相対式、両ホームは久慈寄の跨線橋で結ばれている。また、盛寄から山側へ保守線路が分岐しており、その車庫もある。駅舎は風車小屋をモチーフにしたもので、観光案内所などが入居、7時半から17時まで窓口業務を行っている。出口は駅舎のある海側だけでなく、山側ホームにも付いている。駅前はバスの乗り入れるロータリーが整備、周辺にはスーパーや復興住宅が建ち並んでいる。
陸中山田から次の豊間根までは峠を越えるので駅間が長くなる。
豊間根は海側片面、ホーム中ほどに待合室と出口がある。待合室駅舎は震災前からのものだ。
最新の画像もっと見る
最近の「ノンジャンル」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事