ついに、中学校の修学旅行の時以来の大仏です。
大仏がいる建物です。
『金堂』(大仏殿)(国宝)です。
デカイデカイ。
これは、江戸時代に再建された建物ですが、
高さ46.8メートル、間口57メートル、奥行50.5メートルの木造です。
その前は、もっとでかかったらしいです。
幅が1.5倍あったそうです。
模型ですが、ありましたので
左が、現在の57メートル(江戸時代) 右が85.5メートル(鎌倉時代)の模型です。
現存していればと悔やまれるくらい大きいです。
ちなみに、天平13年(741年)には国分寺建立の号令は出て全国に国分寺が立てられました。
その、総本部が東大寺です。
東京の国分寺もその中の1つです。
それでは、中に入ってみましょう。
アップで1枚
鼻から眉毛のラインが通ってるんだなーと思いました。
そして、金堂の中には
西に『広目天』 東に『持国天』
がありました。中々迫力のある物でした。
本当は、各方位を守るボディーガード(天)で『四天王』ですので
『北』と『南』がありません。
お金がなかったのでしょうね。
顔だけありました。
またまた、ちなみに、大阪の四天王寺はこの四天王のお寺です。
それでは、恒例の御朱印です。
大人になった僕達は、また違う意味で大仏さんを
見れて良かったです。
髪を切ったので風邪を引かない様にします。
ぜひ皆様↓ポチッとなでクリック願います。
大仏がいる建物です。
『金堂』(大仏殿)(国宝)です。
デカイデカイ。
これは、江戸時代に再建された建物ですが、
高さ46.8メートル、間口57メートル、奥行50.5メートルの木造です。
その前は、もっとでかかったらしいです。
幅が1.5倍あったそうです。
模型ですが、ありましたので
左が、現在の57メートル(江戸時代) 右が85.5メートル(鎌倉時代)の模型です。
現存していればと悔やまれるくらい大きいです。
ちなみに、天平13年(741年)には国分寺建立の号令は出て全国に国分寺が立てられました。
その、総本部が東大寺です。
東京の国分寺もその中の1つです。
それでは、中に入ってみましょう。
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鼻から眉毛のラインが通ってるんだなーと思いました。
そして、金堂の中には
西に『広目天』 東に『持国天』
がありました。中々迫力のある物でした。
本当は、各方位を守るボディーガード(天)で『四天王』ですので
『北』と『南』がありません。
お金がなかったのでしょうね。
顔だけありました。
またまた、ちなみに、大阪の四天王寺はこの四天王のお寺です。
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大人になった僕達は、また違う意味で大仏さんを
見れて良かったです。
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