4月が目の前だというのに、今、また雪が深々と降っています。気温が高いので、明日の朝には融けるのでしょうが、冬将軍もいつまで頑張るのか・・・。
今日は私の長兄の送別会みたいのに行ってきました。生涯現役、本当に死ぬその瞬間まで、引退や、隠居なんて事の無い仕事ですので、今回道東への赴任を命じられ、明日出立という事で、今日は400人くらいで送る会みたいのをしました。
肺がんの初期的なものが見つかって、経過観察中で、心臓にも疾患があったりと、今年76歳になるそうで(兄弟の年を知らんのもどうかと思いますが・・・)、歯や耳は良くても、やはりあちこちにガタが、きはじめているようです。
今日は仕事もあったのですが、もしかすると、今生の別れになるかもしれないので、思い切って参加しました。なんせ同じ道内といっても、本当に広くて、私の住んでいるところから、今度の兄の赴任先までは、約450キロ以上あります。何か兄に有っても、すぐには行けそうに有りません。
長兄と私は20才以上違って、兄の親友のお嬢さんは、私の2学年下でした。私の名づけ親はこの長兄だそうで、これは高校の頃に知りました。
長兄は人を導く事を仕事としています。大学を苦学の末に2つ卒業して、親としては(私達の父母です)やれやれで、長男として、これから、家を継ぐなり、大学を卒業したのだから、固い仕事について、家計を助けてくれるものと期待していたようですが、突然「人のためになる仕事をしたい」と言って、そのための学校に8年間入りました。その学校を出ても、給料は支給されません。つまり、食と住まいは与えられますが、個人資産は一切持てないのです。さらに結婚も出来ません。
お気付きの方もいるかもしれませんが、長兄は、神父をしています。今年で40年になるそうです。「相当の意思」というか、私的には、不謹慎ですが、「思い込み」があったんだと思っています。自分自身の欲望を我慢するという事は、中々出来る事ではなく、私の兄ながら、大したものだと思っています。もちろん長兄も人間ですから、色んな欠点もありますし、失敗もしますが、そのことを謙虚に反省する点が、尊敬に値するところだと思っています。
送る会の後、兄弟と、近しい人で食事をしていた時、兄が突然私に関して話はじめました。それは、30年以上前の話で、兄と、宗教の話をしていた時に、兄が「自分の信ずる宗教以外は邪宗だ」と言い放った事があり、それに私が猛反発したことが有りました。
何度かこのブログでも書いていますが、私的には、お金のかかる宗教と、人に迷惑をかけても良い、という様な宗教以外は、全て良い宗教だと思っています。人を幸せに導くために、自己犠牲で頑張っている宗教人は、尊敬に値すると思います。だから、誰がどの宗教を選んでも全然いいというのが、私のスタンスです。兄は、宗教人ですから、当然自分の信じる宗教が一番、と思わなければやっていけない部分もあるでしょうが(他の宗派の方も同じかもしれません)、ですが、私の思う神様は、もっともっと、心広く、全てを受け入れてくださると信じています。ですから。邪宗や、天罰なんて事は、私的にはありえないのです。
ま~そんな考えを兄にぶつけたわけですが、その時は受け入れてもらえませんでした。それから、何年かして会った時に、「兄さんも、他の宗教を認めることにしたよ。あの時はすまなかった。」と謝ってくれました。
30年以上前のその時の話をいきなり、みんなの前でしだしたのです。「子供だと思っていた○○君から、教えられました。謙虚に、みんなの声に耳を傾けていきたいと思います。」と、これからの赴任先での抱負を語りました。
兄は、私のことを「○○君」と呼びます。私は「○○兄さん」と呼んでいます。あんまりない兄弟関係でしょうね。実は私が物心ついてから、初めてこの長兄に会ったのは、12歳の時でした。先に書いたように、8年間行っていた学校は、その8年間俗世界とは一切没交渉だったので、私が2・3歳の時に会ってからは、全く実像のない兄でした。
そんなわけで、会ったときには、なんて呼んでいいのか分りませんでした。一緒に遊んだ事もないですし、何より年が離れていますしね。兄は兄で、「○○」と呼び捨てにも出来ず、「君」付けで私を呼び、私も「兄さん」をつけて呼ぶようになり、それが今も続いているのです。
宗教に出来る事。宗教にしか出来ない事。兄には老体に鞭打って、頑張ってもらいたいと思います。