祁県映海戴氏心意拳倶楽部 公式ブログ

戴隆邦から脈々と受け継がれる戴氏心意拳。王映海伝戴氏心意拳の日本での伝承を行う祁県映海戴氏心意拳倶楽部の公式ブログです。

技法体系

2014-09-12 04:31:54 | 練法・技撃・学び方・健康・技法体系
学ぶ順序
投稿者:うさぎ 投稿日:2012年 7月21日(土)07時11分52秒 返信・引用

学ぶ順序については、我々日本人の方が、勝手に、順番を決めて、体系化したいというようなところがあるようです。
順番が決まっていた方が安心する。
戴氏の伝統では、順番よりも、p13~p17に書かれているような、いかに学ぶかの方が重要なのでしょう。
王先生のところでも、丹田功や虎歩との関係がどの技法になっても、振り返っていくし、それが究極の学習方法でもあると思います。
段階的に次々と新しいものを学んで行く方法よりも、循環的螺旋状に上の段階新しい段階にもぼって行きながらも、丹田功や虎歩に戻りながら、成長して行く。
戴氏の伝統は、そこにあると感じます。


Re: 学ぶ順序
投稿者:k 投稿日:2012年 7月21日(土)10時17分19秒 返信・引用

> No.84[元記事へ]

うさぎさんへ

> 段階的に次々と新しいものを学んで行く方法よりも、循環的螺旋状に上の段階新しい段階にもぼって行きながらも、丹田功や虎歩に戻りながら、成長して行く。
> 戴氏の伝統は、そこにあると感じます。

そう思います。それでこそ以下の「授拳規矩」が意味を持ってくるのでしょう

人と人の心が出会う。戴家の拳を学ぶとは、人と人の心が交わり、感化するということであって、金で買えるものではない。人が金持ちか貧乏であるかなどは関係ない。人の交わりを大切にしないものには教えることはできない。師と弟子は、父子の如く長い年月をかけて絆を深めていく。言葉できちんと伝え、技法をしっかりと伝える。巧妙になるのであって、絶対の方法などない。あなたがわかり、私もわかる。慣れ、なじみ、和むことを貴しとし、コツコツと努力を続けることを大切だとする。道は長く遠い。年月をかけて人の心はできていく。人間が万物の霊長であるのは、学ぶから知るのであって、生まれながらにして知っているのではないからである。

スグ上に書いてあるのでコピベーが気が引けるのですが、一応張っておきます。

コメント
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引気法

2014-09-12 04:25:30 | 練法・技撃・学び方・健康・技法体系
引気法
投稿者:うさぎ 投稿日:2012年 7月17日(火)22時39分38秒 返信・引用

引気法はkさんのところでは、技法なんですよね。王映海師父のところでは、p37
にあるように、技法ではなくて、丹田功や様々な手法の中に通底するものです。引気法を技法に特化したのは、段錫福の系統は皆やりますから、段錫福が始めたのか、戴魁が祁県の城内にいる頃はそう教えていたのかはよくわかりませんが、面白いところですね。
王先生のところに限っていえば、引気法は、丹田功でも双把でも五行でも、どの技法でも行う。p36
~p37にあるように、養気法の中にあって、気を導き(引気法)、全身に巡らせ(周天法),真理を得る(得真法)戴氏メソッドの重要な一つなのだと思います。
受けの段階の話も面白いですね。どのようなチェックをするのか聞いたり見たりしてみたいですね。技法にするから、失われるものもあるし逆にそのようなチェックもできるのだから有効面もでてくるのでしょう。


Re: 引気法
投稿者:k 投稿日:2012年 7月20日(金)04時11分47秒 返信・引用 編集済

うさぎさんへのお返事です。

> 引気法はkさんのところでは、技法なんですよね。
私のところでは五行拳を習う前の段階として練習しています。丹田功と五行拳を繋ぐものとして虎歩の次が引気法という位置づけです。そういった意味では純粋な技法ではないのですが、引気法は横拳でsw45でsw45r3(王英海先生のところとは動作が異なりますが)の要素が入ってきているので技法的な意味合いも加味されていると思います。

> 王映海師父のところでは、技法ではなく、p37にあるように、技法ではなくて、丹田功や様々な手法の中に通底するものです。
王先生のところで引気法がこのような位置づけになっていることはこの本で初めて知りました。私どもの引気法の中に他の五行拳の要素がどれくらい入っているかはこれから五行拳を練拳して体感したいと思っています。

>引気法を技法に特化したのは、段錫福の系統は皆やりますから、段錫福が始めたのか、戴魁が祁県の城内にいる頃はそう教えていたのかはよくわかりませんが、面白いところですね。
全く同感です。岳先生のところに引気法がないと言うのはM先生から教えてもらいました。もし、岳先生が隠しているのでなければ段先生が始めたのでしょうかねぇ。

> 受けの段階の話も面白いですね。
引気法は片方の手の動作が横拳の動作に似ておりボクシングで言うボディアッパーの様な動作になりますので、この動作の受けを取ってもらいました。第一段階の残りチェックは手が拳になることを除けば引気法の形で受けを取ってもらうと思っています。この時の手のあたる位置は丹田の下の下腹部となります。チェックする内容はより頸が長く出ているかをチェックすることが目的です。
もう一つのチェックは左右の頸が手を通して同時に出ているかどうかをチェックする目的で行ないます。具体的には片方の手で相手の首を押さえて引き込みながら同時にボディアッパーを打つといった感じになります。これは同時にできそうなので一つにまとめましたが、もし巧くいかなければ引き込む動作だけで頸をチェックして練拳してから二つの動作をまとめることも考えています。

>どのようなチェックをするのか聞いたり見たりしてみたいですね。
私のレベルがもう少し上がったら受けを取って頂き、感想を聞かせてもらえると、今後の練拳のヒントがえられるのではないかと思います。その節は宜しくお願いします。

>技法にするから、失われるものもあるし逆にそのようなチェックもできるのだから有効面もでてくるのでしょう。
上の話とだぶりますがこのような考察をすることで本質的な理解がより深まると思います。

第2段階のチェックについては改めて投稿したいと思います。

長文失礼しました。



引き続き
投稿者:k 投稿日:2012年 7月20日(金)05時07分55秒 返信・引用 編集済

第2段階のチェックは引気法を闊歩(でいいのかなぁ(^_^;))、要するに移動しながら行なうときのチェックです。
といっても実際に移動はしません。移動する時中国で言う腰、西洋医学で言う「広背筋」が捻る方向でうまく使えているかのチェックです。
ちなみに第一段階のチェックは底歩で行っています。背骨周りの筋肉と僧帽筋がうまく使えているかのチェックと言っても良いかもしれません。勿論この時も広背筋に力は入るのですが、いわゆる捻る方向の動きはありません。
具体的には相撲で四つの形になり、腰を捻りながら引気法をおこなうことになります。形としては、相撲の上手投げと下手投げ(左右のすくい投げ)に近くなると思います。

私見ですが、虎歩ができていれば、相撲の押しに近いことができると思います。移動する引気法ができていれば、上手投げや下手投げに近いことができると思います。
戴氏心意拳はその意味ではムック本で指摘されたように「相撲にちかい」のですが、その本質は全く違うと認識しています。

以下この点について簡単に考察してみたいと思います。

押しにしろ、投げにしろ、これらの頸を生む相撲の基礎は「四股」になりますが、戴氏の場合は「丹田功」になります。
丹田功と四股は色々な部分で違いますが、特に足幅に関しては真逆です。

つまり、戴氏では(少なくとも初歩の段階では)片足になる時、一番大きな力を出すことができます。
これは熟練者も同じかもしれません。私が師事している霍先生も本の撮影で横拳で派手に飛ばすときは片足になって行なっています。

勿論武術として使うときは片足立ちになることは危険ですし結果として妥協点があるわけですか、相撲は勿論他の格闘技(ボクシング、少林寺拳法)などは足幅を広く取った方が力が出やすいのではないでしょうか。少なくとも試合ではそのようなスタンスが多いと思います。

つまり相撲やボクシングの力が相手に対して水平方向の力であるのに対して戴氏の力は相手に対して垂直(上下)方向の力であると思いますが如何でしょうか

第三段階のチェックについてはもう少し時間をおいてから確信が持ててから書きたいと思います。

二度にわたる乱筆の長文失礼致しました。m(_ _)m

感激です
投稿者:うさぎ 投稿日:2012年 7月20日(金)17時49分33秒 返信・引用

kさん とても詳しいお返事ありがとうございます。
引気法というのは、割と早い時期に?学習していくのですね。五行拳の前というのは、丹田功や歩法の練習をして技法を学ぶ時の初期ということでしょうか?
私も霍先生が日本に来られた時に、講習会に出させてもらったのですが、引気法は滾丹田と手法の関係がよくわかる感じがしました。一回出ただけなので何もわかっていませんが。



横拳
投稿者:うさぎ 投稿日:2012年 7月20日(金)18時12分4秒 返信・引用

横拳は、王先生のところと霍先生のところでは、動作はだいぶ違うように見えますけど、技法としては、やはり全く同じですね。内側に秘められた意味とか、用法とか、、、。


Re: 横拳
投稿者:k 投稿日:2012年 7月20日(金)19時48分17秒 返信・引用 編集済

うさぎさんへ

ご返事有り難うございます。

私の方の練拳レベルが一区切りついて、その感覚について、私なりに理解、整理できたならば、お会いしてお互いの意見を交換できたならば楽しいだろうなぁ と考えています。

私の上達は正に亀の如しなのですが、気長に待ってやってください。


Re: 感激です
投稿者:k 投稿日:2012年 7月20日(金)20時34分51秒 返信・引用 編集済

うさぎさんへ

> 引気法というのは、割と早い時期に?学習していくのですね。五行拳の前というのは、丹田功や歩法の練習をして技法を学ぶ時の初期ということでしょうか?

はい、その通りです。ただ霍先生の教え方の方針として、例えば横拳の問題を引気法で直したり、逆に横拳の感覚を引気法に適用して引気法のレベルを上げる といった考え方もあるようなので、順序は王先生の所に比べるといい加減かもしれません。

> 私も霍先生が日本にられた時に、講習会に出させてもらったのですが、引気法は滾丹田と手法の関係がよくわかる感じがしました。一回出ただけなので何もわかっていませんが。

やはり、その「感じ」が大切なのだと思います。

岳先生が五行拳の風格の違いについて次のように発言されています。
「(風格が)おなじではない。これはなぜか。ひとつは教え方、もう一つは本人の理解と努力、そして理論の理解の有無です。」 最初の「本人の理解」は感覚を認識できる と言うことではないかと思います。次の「努力」はその感覚を繰り返し感じ明確に感じていく努力ではないでしょうか。次の「理論の理解の有無」は、この感覚を頭で理論的に整理でき、その結果を練拳に反映させる能力の有無 のことではないかと思います。

同じコーチについた陸上選手が全て同じ早さで走れるわけではありません。ただ、「戴氏心意拳は本当に理解が大切」なので、この例えよりは、あるゼミの生徒がノーベル賞を取ったからといって他のゼミの生徒もノーベル賞を取れるわけではない といった例えの方がより近いかもしれません。

もし、この屁理屈に同意して頂ければ 何もわかっていない という態度が次の段階に進む原動力になることにも同意して頂けると思いますが、如何でしょうか。
「わかったつもり」は「科学」と「戴氏心意拳」の進歩の大敵です。

著名な武術家が発言されているように「武術の練習は自転車に乗れるようになるための練習」でないとつまらないと思います。転ぶことに甘んじいつしか「転ぶための練習」になってしまうと続けることがウォーキングと変わらなくなってしまうのではないでしょうか。

私は戴氏心意拳を練拳して良かったと思っています。この拳は「正しい練拳者」を裏切ることは決してありません。私としてももっと楽しみたいとどん欲に思っていますので、うさぎさんにも助けて頂ければ有り難いなぁ と思っています。
自転車は乗れれば終わりですが、戴氏の場合はまだまだ先があるのでたっぷり楽しめると思います。



コメント
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