『応援団に捧げた青春』と題した、本シリーズ記事の登場人物を、本文中ではイニシャルまたは短いニックネームで表記しています。
ですので、その登場人物を、こちらの記事で紹介します。
(初回の記事も、これに伴い修正を加えています。)
こちらの記事と対比して読者の皆さんに読んでいただけると、より「リアル感」が伝わるのではないかと思います。
【埼玉県立春日部高校応援指導部の関係者】
『顧問の先生方』
M先生:
日本史を担当。とにかく『応援指導部』を愛してくださり、矢面に立って私達部員を「逆風」から守ってくださった、人情溢れる「熱血漢」の先生。
K先生が顧問に就かれた後は、副顧問として、私達をサポートしてくださった。
K先生:
英語を担当。私達が幹部となり、3年生になったときに、顧問に就任なさった。
かつても『応援指導部』の顧問に就任されており、2度目となる。
我が『応援指導部』を愛するがゆえ、アーティストに例えて紹介されるという、独創性豊かな先生。
『小生の2学年以上先輩の方々』
紫紺の八木崎健児先輩:
私の13年先輩。明治大学応援團で團長を歴任なさったお方。
野球の応援などのしきたりで分からないことは、ほぼ全てといって良いほど先輩にお伺いして、それに倣っていた。
また、私が現役当時は、先輩のお導きにより、『六旗の下に』『六大学の集い』を無料で、かつ見晴らしの良い席で観覧でき、『東京六大学野球リーグ戦』では、主に早慶(慶早)戦の「学生席」で観戦させていただくことができた。
東京六大学応援団連盟にあっても、その存在は絶大といえる。
当然ながら、今や、春日部高校応援指導部にはなくてはならぬ「大黒柱」のようなお方。
『小生の2学年先輩の方々』
SJ先輩:
2代前の団長に就任。声が太く、私にとっては『団長』のイメージが非常に強く印象に残るお方。
MY先輩:
2代前の副団長兼リーダー長に就任。類稀な身体能力を有するお方。温厚で、滅多に怒らない器の広いお方。
SS先輩:
2代前の副団長に就任。結果的に私が幹部に就任した時の持ちテクが一緒になったお方。1学年先輩の方々の、「持ちテクその他も含めて、お前はSSさんのコピーだね」とのお言葉がその象徴。
KT先輩:
2代前の旗手長他の多くの役職を兼務される。現在も、母校の文化祭で行われるステージ演技『臙脂の下に』で、毎年のようにお目にかかり、OB会の1次会~?次回まで、とことんお付き合いさせていただく、私が心よりお慕い申し上げるお方。
KA先輩:
2代前のリーダー長に就任。極めて厳しく、後輩の妥協を一切許さない、当時も今も「近寄り難い」お方。(でも、現住まいはそんなに遠くないので、お目にかかって、美味しいお酒でも…。)
『私の1学年先輩の方々』
T先輩:
1代前の団長に就任。私の人生を大きく変えた「張本人」であり、私にとってはかけがえのないお方。
背丈が非常に大きく不器用でしたが、存在感は、現役当時も、現役を退いても絶大。
Y先輩:
1代前の副団長に就任。とにかくマイペースなお方。『3大テク』で、私が直接の指導を仰ぐことになるお方でもある。
O先輩:
1代前のリーダー長に就任。のんびり話をなさるが、その内容は非常に説得力がある、鋭いお方。現役当時はご迷惑ばかりおかけすることになるが、現役を退いた今でも親交があり、KT先輩と一緒に1次会~?次回までお付き合いさせていただいている。
K先輩:
1代前の総務兼会計長に就任。私達の代の「お目付け役」。現役を退いた今でも、KT先輩,O先輩と同様、一緒に1次会~?次回までお付き合いさせていただいている。
I先輩:
1代前の旗手長に就任。目立つことがあまりなく、物静かなお方。
ただし、空腹になると、とたんに機嫌が悪くなるため、そのときは、近寄り難い。
『私の同期達』
カモ:
団長に就任。背丈,風貌共に、TSさんから「そっくり」といわれたことがある。
現在、同期の中で最も親交がある奴でもある。後に「ノリちゃん」と結婚。
同期の中では、私よりも、本当は彼が『応援団バカ』にふさわしい。
H:
私と共に副団長に就任。同期の中でも、声の大きさと「社会勉強量」はナンバーワン。
ニシ:
リーダー長に就任。何でもスマートにこなす奴。アカデミックコースに進んだため、最近は関係が希薄になりつつあるのが、同期の間でも心配の種。
A:
旗手長に就任。現在もカモとKT先輩らと共に、とことん付き合う。
マイペースで持論を曲げない、内角直球勝負の頑固さを持ち、ちょっと癖のある奴だが、憎めない。
柔軟な発想の持ち主で、頭の回転も早く、「余興の宝箱」と称される。
『私の1学年後輩達』
S:
1代後の団長。入部してから日に日に成長を遂げた「凄い奴」。
OB会設立にも大きく関わり、多大な功績を残した、我が部の歴史には欠かせぬ存在。
KK:
1代後の副団長。ニシと相通じるものがあり、なんでもスマートにこなす。
SH:
1代後の副団長。入部後、私以上に『応援団バカ』っぷりを身につけていった。
その応援振りが新聞記者の目に留まり、記事にも登場したほど、応援団にふさわしい風貌の持ち主。
M:
1代後の総務。当初は別の部に所属していたが、私達の練習風景を目のあたりにし、感化されて「移籍」する形で後から入部。
私の後に『3大テク』を引き継ぎ、私が直接指導した。
OT:
1代後の会計。この代では、一番初めに入部してきた。
カモが担当していた『3大テク』を、引き継ぐことになる。
TY:
1代後の旗手長。団旗への愛着は人一倍であった。
旗手長に就いてからも、その愛情は益々磨きがかかり、団旗への思いは、私達同期も一目を置いていた。
U:
1代後のリーダー長。T先輩の中学校の後輩にあたる。
身体は小さいが、身体能力がずば抜けており、リーダー長になるべくしてなったといっても過言でない。
ニシが担当していた『3大テク』にあこがれ、見事にそれを引き継ぐ。
風貌が、当時のボクシング世界ヘビー級チャンピオンだった「マイク・タイソン」にそっくりであり、それを私が指摘した。
1年後輩の生徒達からも、親しみを込めて「タイソン」と呼ばれていたようだ。
KM:
1代後のリーダー長。小柄で目立たない存在だが、テクの飲み込みが早く、器用だった。
『私の2学年後輩達』
YY:
2代後の団長。1年生当時は目立つ存在ではなかったが、一生懸命さはこの代の中ではピカイチだった。
現役を退いた今では、OB会等で、KT先輩らと行動を共にする「仲間」である。
AY:
2代後のリーダー長。背丈が小さいが、身体の柔軟性はピカイチ。
2007年のOB会で、約10年ぶりに再会。AYも私に会いたがっていたようだ。
『私の2学年以上後の後輩達』
クマ:
私の8年後輩。「伝統」の重みを感じつつも、常に「進化」を念頭に置き、現在の応援指導部の応援スタイルの礎を築いた革命児。
それゆえ、大先輩方からも一目置かれる存在で、OB会の司会進行代行も難なくこなす器用人。
KH:
私の12年後輩。高校卒業後、早稲田大学応援部で4年間応援団を続け、見事にリーダー長の座を射止めている。
私とは、2003年の夏の大会で、シード校を破った際のOB同士での打ち上げの酒宴の席で面識を持つに至る。
MO:
現役当時はリーダー長に就任。社会人入りして九州・沖縄を「駆け回った」が、現在はUターン。相変わらずバイタリティーあふれる、エネルギッシュな仕事をこなす。
若手OBの「まとめ役」として、若手OBからも一目置かれる存在。
「デビュー」も凄かった…。彼の事を、「持っている漢」というのだろう。
IJ:
私より17年後輩。したがって、小生が「副団長兼会計長」の役職を頂いたときに生まれたことになる。
山口にいる私に、夏の甲子園埼玉大会での母校の戦いぶりを逐次速報で伝えてくれる。(感謝しています。)
YR:
IJと同期で、KT先輩の中学校の後輩でもある。
OB会の?次会でファインプレーを連発する、身のこなしの軽さが持ち味。
KN:
IJやYRの同期で、現役当時は副団長。
母校の運動部の試合会場には大抵足を運ぶ、神出鬼没さが身上。
地方の大学を卒業してUターン就職した、営業に燃えるフレッシュ社会人。
TT:
IJ達の2年後輩。私から見た場合は19年後輩にあたる。
現役大学生で、KT先輩のお宅で、午前3時近くになって「語りのスイッチ」がオンになってしまったという伝説を残した、江頭2:50も顔負けのキャラの持ち主。
ミノル&シンイチ:
TTの2年後輩で、私から見た場合は21年後輩にあたる。
現在、慶應義塾大学應援指導部の3年リーダー。
(HPでは、実名が出ているが、ここでは敢えて下の名前をカタカナ表記する。)
「華の幹部」が目前に迫り、風格も伴ってきた、頼もしい後輩。
KK:
ミノル&シンイチと同期。すなわち、私から見た場合は21年後輩。
OBルーキーイヤーから、「大人の世界」を知ってしまった、結構な「イケメン」で、「ナイス」な後輩。
コミック版『フレフレ少女』のクライマックスの「学生注目」のノンフィクション台詞は、実はKKが発したものである。ミノルではないので、ひっそりと訂正させていただく。
ユウスケ:
ミノル&シンイチの1年後輩。ミノル&シンイチと同じ、慶應義塾大学應援指導部の2年リーダー。漏れ聞こえる噂では、「持っている」祐ちゃんに劣らない「ファン」が結構いるらしい。期待の成長株。
【私の出身中学の関係者】
53番:
当時、県下では野球の強豪校に進学を決意した、私の『応援指導部』入部に多大な影響をもたらした。
彼とは、高校進学後に、「劇的な出会い」も経験することになる。
(あるプロ野球球団に属していた選手と「共通部分」があるので、その選手の背番号から命名。)
ウメ:
53番と幼馴染で、中学3年の時に53番と共に、友人となる。
(「ど根性ガエル」に登場する、寿司職人のウメさんに風貌が似ているところから命名。)
TSさん(女性):
私の初恋の相手。中学1年の時のクラスメイト。
『応援指導部』に入部を決意した、もう一つの「鍵」を握る女性。
「ノリちゃん」とは、中学&高校の同窓生であり、今でも友人関係にある。
(その後、私と交際するにまで至ったことは、別のエントリー記事で紹介しています。)
ノリちゃん(女性):
カモの現在の奥様。私とは、出身小学&中学が一緒の同窓生。
薬剤師免許を持っている点でも、私と共通点がある。
南さん(女性):
53番と同じ高校に進学した、中学3年の時のクラスメイト。
私が生死に関わる左足の病気に罹ったときも、入院先の病院に見舞いに来てくれた女性。
『応援指導部』入部後、色々なことについて、相談にのってくれた女性でもある。
(「タッチ」に登場する、ヒロイン・浅倉 南を彷彿とさせる風貌であるところから命名。)
ですので、その登場人物を、こちらの記事で紹介します。
(初回の記事も、これに伴い修正を加えています。)
こちらの記事と対比して読者の皆さんに読んでいただけると、より「リアル感」が伝わるのではないかと思います。
【埼玉県立春日部高校応援指導部の関係者】
『顧問の先生方』
M先生:
日本史を担当。とにかく『応援指導部』を愛してくださり、矢面に立って私達部員を「逆風」から守ってくださった、人情溢れる「熱血漢」の先生。
K先生が顧問に就かれた後は、副顧問として、私達をサポートしてくださった。
K先生:
英語を担当。私達が幹部となり、3年生になったときに、顧問に就任なさった。
かつても『応援指導部』の顧問に就任されており、2度目となる。
我が『応援指導部』を愛するがゆえ、アーティストに例えて紹介されるという、独創性豊かな先生。
『小生の2学年以上先輩の方々』
紫紺の八木崎健児先輩:
私の13年先輩。明治大学応援團で團長を歴任なさったお方。
野球の応援などのしきたりで分からないことは、ほぼ全てといって良いほど先輩にお伺いして、それに倣っていた。
また、私が現役当時は、先輩のお導きにより、『六旗の下に』『六大学の集い』を無料で、かつ見晴らしの良い席で観覧でき、『東京六大学野球リーグ戦』では、主に早慶(慶早)戦の「学生席」で観戦させていただくことができた。
東京六大学応援団連盟にあっても、その存在は絶大といえる。
当然ながら、今や、春日部高校応援指導部にはなくてはならぬ「大黒柱」のようなお方。
『小生の2学年先輩の方々』
SJ先輩:
2代前の団長に就任。声が太く、私にとっては『団長』のイメージが非常に強く印象に残るお方。
MY先輩:
2代前の副団長兼リーダー長に就任。類稀な身体能力を有するお方。温厚で、滅多に怒らない器の広いお方。
SS先輩:
2代前の副団長に就任。結果的に私が幹部に就任した時の持ちテクが一緒になったお方。1学年先輩の方々の、「持ちテクその他も含めて、お前はSSさんのコピーだね」とのお言葉がその象徴。
KT先輩:
2代前の旗手長他の多くの役職を兼務される。現在も、母校の文化祭で行われるステージ演技『臙脂の下に』で、毎年のようにお目にかかり、OB会の1次会~?次回まで、とことんお付き合いさせていただく、私が心よりお慕い申し上げるお方。
KA先輩:
2代前のリーダー長に就任。極めて厳しく、後輩の妥協を一切許さない、当時も今も「近寄り難い」お方。(でも、現住まいはそんなに遠くないので、お目にかかって、美味しいお酒でも…。)
『私の1学年先輩の方々』
T先輩:
1代前の団長に就任。私の人生を大きく変えた「張本人」であり、私にとってはかけがえのないお方。
背丈が非常に大きく不器用でしたが、存在感は、現役当時も、現役を退いても絶大。
Y先輩:
1代前の副団長に就任。とにかくマイペースなお方。『3大テク』で、私が直接の指導を仰ぐことになるお方でもある。
O先輩:
1代前のリーダー長に就任。のんびり話をなさるが、その内容は非常に説得力がある、鋭いお方。現役当時はご迷惑ばかりおかけすることになるが、現役を退いた今でも親交があり、KT先輩と一緒に1次会~?次回までお付き合いさせていただいている。
K先輩:
1代前の総務兼会計長に就任。私達の代の「お目付け役」。現役を退いた今でも、KT先輩,O先輩と同様、一緒に1次会~?次回までお付き合いさせていただいている。
I先輩:
1代前の旗手長に就任。目立つことがあまりなく、物静かなお方。
ただし、空腹になると、とたんに機嫌が悪くなるため、そのときは、近寄り難い。
『私の同期達』
カモ:
団長に就任。背丈,風貌共に、TSさんから「そっくり」といわれたことがある。
現在、同期の中で最も親交がある奴でもある。後に「ノリちゃん」と結婚。
同期の中では、私よりも、本当は彼が『応援団バカ』にふさわしい。
H:
私と共に副団長に就任。同期の中でも、声の大きさと「社会勉強量」はナンバーワン。
ニシ:
リーダー長に就任。何でもスマートにこなす奴。アカデミックコースに進んだため、最近は関係が希薄になりつつあるのが、同期の間でも心配の種。
A:
旗手長に就任。現在もカモとKT先輩らと共に、とことん付き合う。
マイペースで持論を曲げない、内角直球勝負の頑固さを持ち、ちょっと癖のある奴だが、憎めない。
柔軟な発想の持ち主で、頭の回転も早く、「余興の宝箱」と称される。
『私の1学年後輩達』
S:
1代後の団長。入部してから日に日に成長を遂げた「凄い奴」。
OB会設立にも大きく関わり、多大な功績を残した、我が部の歴史には欠かせぬ存在。
KK:
1代後の副団長。ニシと相通じるものがあり、なんでもスマートにこなす。
SH:
1代後の副団長。入部後、私以上に『応援団バカ』っぷりを身につけていった。
その応援振りが新聞記者の目に留まり、記事にも登場したほど、応援団にふさわしい風貌の持ち主。
M:
1代後の総務。当初は別の部に所属していたが、私達の練習風景を目のあたりにし、感化されて「移籍」する形で後から入部。
私の後に『3大テク』を引き継ぎ、私が直接指導した。
OT:
1代後の会計。この代では、一番初めに入部してきた。
カモが担当していた『3大テク』を、引き継ぐことになる。
TY:
1代後の旗手長。団旗への愛着は人一倍であった。
旗手長に就いてからも、その愛情は益々磨きがかかり、団旗への思いは、私達同期も一目を置いていた。
U:
1代後のリーダー長。T先輩の中学校の後輩にあたる。
身体は小さいが、身体能力がずば抜けており、リーダー長になるべくしてなったといっても過言でない。
ニシが担当していた『3大テク』にあこがれ、見事にそれを引き継ぐ。
風貌が、当時のボクシング世界ヘビー級チャンピオンだった「マイク・タイソン」にそっくりであり、それを私が指摘した。
1年後輩の生徒達からも、親しみを込めて「タイソン」と呼ばれていたようだ。
KM:
1代後のリーダー長。小柄で目立たない存在だが、テクの飲み込みが早く、器用だった。
『私の2学年後輩達』
YY:
2代後の団長。1年生当時は目立つ存在ではなかったが、一生懸命さはこの代の中ではピカイチだった。
現役を退いた今では、OB会等で、KT先輩らと行動を共にする「仲間」である。
AY:
2代後のリーダー長。背丈が小さいが、身体の柔軟性はピカイチ。
2007年のOB会で、約10年ぶりに再会。AYも私に会いたがっていたようだ。
『私の2学年以上後の後輩達』
クマ:
私の8年後輩。「伝統」の重みを感じつつも、常に「進化」を念頭に置き、現在の応援指導部の応援スタイルの礎を築いた革命児。
それゆえ、大先輩方からも一目置かれる存在で、OB会の司会進行代行も難なくこなす器用人。
KH:
私の12年後輩。高校卒業後、早稲田大学応援部で4年間応援団を続け、見事にリーダー長の座を射止めている。
私とは、2003年の夏の大会で、シード校を破った際のOB同士での打ち上げの酒宴の席で面識を持つに至る。
MO:
現役当時はリーダー長に就任。社会人入りして九州・沖縄を「駆け回った」が、現在はUターン。相変わらずバイタリティーあふれる、エネルギッシュな仕事をこなす。
若手OBの「まとめ役」として、若手OBからも一目置かれる存在。
「デビュー」も凄かった…。彼の事を、「持っている漢」というのだろう。
IJ:
私より17年後輩。したがって、小生が「副団長兼会計長」の役職を頂いたときに生まれたことになる。
山口にいる私に、夏の甲子園埼玉大会での母校の戦いぶりを逐次速報で伝えてくれる。(感謝しています。)
YR:
IJと同期で、KT先輩の中学校の後輩でもある。
OB会の?次会でファインプレーを連発する、身のこなしの軽さが持ち味。
KN:
IJやYRの同期で、現役当時は副団長。
母校の運動部の試合会場には大抵足を運ぶ、神出鬼没さが身上。
地方の大学を卒業してUターン就職した、営業に燃えるフレッシュ社会人。
TT:
IJ達の2年後輩。私から見た場合は19年後輩にあたる。
現役大学生で、KT先輩のお宅で、午前3時近くになって「語りのスイッチ」がオンになってしまったという伝説を残した、江頭2:50も顔負けのキャラの持ち主。
ミノル&シンイチ:
TTの2年後輩で、私から見た場合は21年後輩にあたる。
現在、慶應義塾大学應援指導部の3年リーダー。
(HPでは、実名が出ているが、ここでは敢えて下の名前をカタカナ表記する。)
「華の幹部」が目前に迫り、風格も伴ってきた、頼もしい後輩。
KK:
ミノル&シンイチと同期。すなわち、私から見た場合は21年後輩。
OBルーキーイヤーから、「大人の世界」を知ってしまった、結構な「イケメン」で、「ナイス」な後輩。
コミック版『フレフレ少女』のクライマックスの「学生注目」のノンフィクション台詞は、実はKKが発したものである。ミノルではないので、ひっそりと訂正させていただく。
ユウスケ:
ミノル&シンイチの1年後輩。ミノル&シンイチと同じ、慶應義塾大学應援指導部の2年リーダー。漏れ聞こえる噂では、「持っている」祐ちゃんに劣らない「ファン」が結構いるらしい。期待の成長株。
【私の出身中学の関係者】
53番:
当時、県下では野球の強豪校に進学を決意した、私の『応援指導部』入部に多大な影響をもたらした。
彼とは、高校進学後に、「劇的な出会い」も経験することになる。
(あるプロ野球球団に属していた選手と「共通部分」があるので、その選手の背番号から命名。)
ウメ:
53番と幼馴染で、中学3年の時に53番と共に、友人となる。
(「ど根性ガエル」に登場する、寿司職人のウメさんに風貌が似ているところから命名。)
TSさん(女性):
私の初恋の相手。中学1年の時のクラスメイト。
『応援指導部』に入部を決意した、もう一つの「鍵」を握る女性。
「ノリちゃん」とは、中学&高校の同窓生であり、今でも友人関係にある。
(その後、私と交際するにまで至ったことは、別のエントリー記事で紹介しています。)
ノリちゃん(女性):
カモの現在の奥様。私とは、出身小学&中学が一緒の同窓生。
薬剤師免許を持っている点でも、私と共通点がある。
南さん(女性):
53番と同じ高校に進学した、中学3年の時のクラスメイト。
私が生死に関わる左足の病気に罹ったときも、入院先の病院に見舞いに来てくれた女性。
『応援指導部』入部後、色々なことについて、相談にのってくれた女性でもある。
(「タッチ」に登場する、ヒロイン・浅倉 南を彷彿とさせる風貌であるところから命名。)