この週末は、時流に反する挑戦的な特集を組んでいたこの雑誌を読んでおりました。
中でも、「公益資本主義」を標榜する原丈人氏による論考『ROEは欺瞞 中長期投資の流れ作れ』は、ガバナンスを巡る昨今の動きを懐疑的に見ている私にとって「我が意を得たり」の内容でしたので、簡単にご紹介。
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【結論】
近年日本を席巻している「ガバナンス強化論」は、日本の競争力を完全に破壊する危険性がある。株主資本主義が強まり短期志向の極地に至った米国の後追いをしてはならない。
【要旨】
東芝事件の真因は、ガバナンスが機能しなくなったことにあるのではなく、経営者がマーケットの圧力に屈服したことにある。不正を防ごうとガバナンスを強化すると、株主圧力が高まって、経営者がよりマーケットに囚われてしまうというあべこべな結果をもたらす。
ガバナンスを企業統治と訳せば聞こえがいいが、実態は株主利益が最大化されているか監督することだ。株主資本は短期志向(ショートターミズム)に陥っていく。典型的に表れているのは伊藤レポートだ。
ガバナンス強化が進んだ米国では、アメリカン航空にみられるように絶対的な株主最優先策が状態化しているが、このようなコーポレートガバナンスを日本に持ち込んではいけない。
欧米の大企業は、すでに中長期的な研究開発をやらなくなってしまている。スチュワードシップ・コードが早くに浸透した英国では、研究開発を伴う製造業のような時間にかかる産業はどんどん衰退。米国では今でもグーグルやアップルが研究開発に巨額資金を投じているように感じるかもしれないが、やっていることの大半はベンチャーの買収である。米国ではベンチャーが研究開発を支え、大企業がM&Aで吸収する仕組みがある。米国は株主資本主義で短期志向に陥っているが、世界中から人材が集まってベンチャーを興し、優秀な人材が垣根なく動くダイナミズムがあるから競争力を維持している。
しかし、同じ仕組みやダイナミズムのない日本が、ガバナンスだけを真似すれば、大企業の中長期の研究開発がやりにくくなり、惨状に陥るのは目に見えている。たとえば、東レの炭素繊維が利益を生むようになるまで、40年を超えるような長い時間を我慢してきた。利益を上げている既存事業に支えられ、研究開発と製品化の努力を40年以上続けたのである。これは世界の同業他社のトップが羨む環境なのだ。こんな長期にわたる研究開発をやり続ける企業がいくつも存在する国はは日本だけだ。無から有を創る事業モデルを、ベストプラクティスとして世界でもっとも早く実現する国になることを国家目標にするべきだ。
米国は、会社法、税法、会計基準やコーポレートガバナンスまでありとあらゆる仕組みが短期的投機家にとって都合のよいエコシステム(生態系)になっている。だから、会計基準は包括利益でM&Aがしやすくなっているし、経営者も従業員も頻繁に会社を渡り歩くのだ。
日本はこの逆をやればいい。まず四半期決算開示を廃止し、会社法、税法、会計基準、ガバナンスを、全て中長期的な研究開発を行う企業にとって都合の良い仕組みにすれば、全体がエコシステムとなり、世界中から中長期志向の企業とマネーが集まってくることになるだろう。
今、日本に必要なのは、短期志向に陥っていくことが見えている「ガバナンス強化」ではない。世界で失われつつある中長期の投資を牽引するようなトータルの仕組みを世界に先駆けて作っていくことだ。
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ここで紹介されていたアメリカン航空の事例は確かに強烈ですよ。
2008年に航空機不況で、経営陣が従業員に対して340億円分の給与の削減を迫った。会社が潰れてしまうので協力してくれ、と。従業員は仕方なくその要求を認めた。ところがそれで大幅に経費を削減できた経営陣が次にしたことは、自分たちに200億円のボーナスを与えることだった。
これに続く原氏との対談での東レ・日覚社長の発言もかなり面白い。
東レは将来の事業の種となる研究開発費は、利益の変動に関係なく売上の3%程度をコンスタントに充ててきた。ここを絞れば短期的には高収益企業になるが、10年後、20年先の成長はない。
「日本企業が内部留保を溜め込み、賃上げも設備投資もしないから、株主圧力が必要」との意見があるが、その考えは完全に間違っている。
国際競争に勝ち成長するためには、「6重苦(超円高、法人税負担、自由貿易協定の遅れ、厳しい労働規制、厳しい環境規制、電力価格)」を解消してイコールフッティングを実現しないといけないのに、解消したのは超円高だけで、いつ円高に戻るかわからない。そんな状況でも国内に産業を残そうと、みんな必死になっている。
世界経済は新興国経済を巻き込みながら成長するので、モノの値段は絶対に下がる。企業は猛烈なコストダウンでなんとか利益を上げているのであって、固定費を上げる賃上げやマーケットから遠い国内への設備投資がそう簡単にできるわけがない。
東レは執行役員制を採用せず、取締役の人数も多く、ガナバンスへの批判は多い。でも、時流に合わせることに何の意味があるんですか。
東レでは、現場に密着して事業を熟知している取締役が責任を持って意思決定している。「経営と執行を分離すると意思決定が迅速になる」と言われるが、どうして現場を知らず、専門知識を持たない人が事業の将来性を判断できるのかがわからない。財務諸表を見てROEが良いとか悪いとか、将来性はよく分からないが足元で儲かりそうな事業にあつめるとか、一般論を聞き入れたら、いくら意思決定が速くても会社は潰れるよね。
今年に入ってからの株安もあって、有力各社より積極的な自社株買い計画が表明されております。中には不適切な財務戦略が目先の還元を期待する投資家を助長することでしょう。ガナバンスコードに縛られず、日覚社長のようにアクティビストを黙らせるだけの、骨のある経営者がもっと出てきて欲しいものです。
おあとがよろしいようで。
<ご参考> 原丈人氏の著作です。氏の考えを深く理解されたい方に。↓
Wedge (ウェッジ) 2016年 3月号 [雑誌] | |
Wedge編集部 | |
株式会社ウェッジ |
中でも、「公益資本主義」を標榜する原丈人氏による論考『ROEは欺瞞 中長期投資の流れ作れ』は、ガバナンスを巡る昨今の動きを懐疑的に見ている私にとって「我が意を得たり」の内容でしたので、簡単にご紹介。
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【結論】
近年日本を席巻している「ガバナンス強化論」は、日本の競争力を完全に破壊する危険性がある。株主資本主義が強まり短期志向の極地に至った米国の後追いをしてはならない。
【要旨】
東芝事件の真因は、ガバナンスが機能しなくなったことにあるのではなく、経営者がマーケットの圧力に屈服したことにある。不正を防ごうとガバナンスを強化すると、株主圧力が高まって、経営者がよりマーケットに囚われてしまうというあべこべな結果をもたらす。
ガバナンスを企業統治と訳せば聞こえがいいが、実態は株主利益が最大化されているか監督することだ。株主資本は短期志向(ショートターミズム)に陥っていく。典型的に表れているのは伊藤レポートだ。
ガバナンス強化が進んだ米国では、アメリカン航空にみられるように絶対的な株主最優先策が状態化しているが、このようなコーポレートガバナンスを日本に持ち込んではいけない。
欧米の大企業は、すでに中長期的な研究開発をやらなくなってしまている。スチュワードシップ・コードが早くに浸透した英国では、研究開発を伴う製造業のような時間にかかる産業はどんどん衰退。米国では今でもグーグルやアップルが研究開発に巨額資金を投じているように感じるかもしれないが、やっていることの大半はベンチャーの買収である。米国ではベンチャーが研究開発を支え、大企業がM&Aで吸収する仕組みがある。米国は株主資本主義で短期志向に陥っているが、世界中から人材が集まってベンチャーを興し、優秀な人材が垣根なく動くダイナミズムがあるから競争力を維持している。
しかし、同じ仕組みやダイナミズムのない日本が、ガバナンスだけを真似すれば、大企業の中長期の研究開発がやりにくくなり、惨状に陥るのは目に見えている。たとえば、東レの炭素繊維が利益を生むようになるまで、40年を超えるような長い時間を我慢してきた。利益を上げている既存事業に支えられ、研究開発と製品化の努力を40年以上続けたのである。これは世界の同業他社のトップが羨む環境なのだ。こんな長期にわたる研究開発をやり続ける企業がいくつも存在する国はは日本だけだ。無から有を創る事業モデルを、ベストプラクティスとして世界でもっとも早く実現する国になることを国家目標にするべきだ。
米国は、会社法、税法、会計基準やコーポレートガバナンスまでありとあらゆる仕組みが短期的投機家にとって都合のよいエコシステム(生態系)になっている。だから、会計基準は包括利益でM&Aがしやすくなっているし、経営者も従業員も頻繁に会社を渡り歩くのだ。
日本はこの逆をやればいい。まず四半期決算開示を廃止し、会社法、税法、会計基準、ガバナンスを、全て中長期的な研究開発を行う企業にとって都合の良い仕組みにすれば、全体がエコシステムとなり、世界中から中長期志向の企業とマネーが集まってくることになるだろう。
今、日本に必要なのは、短期志向に陥っていくことが見えている「ガバナンス強化」ではない。世界で失われつつある中長期の投資を牽引するようなトータルの仕組みを世界に先駆けて作っていくことだ。
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ここで紹介されていたアメリカン航空の事例は確かに強烈ですよ。
2008年に航空機不況で、経営陣が従業員に対して340億円分の給与の削減を迫った。会社が潰れてしまうので協力してくれ、と。従業員は仕方なくその要求を認めた。ところがそれで大幅に経費を削減できた経営陣が次にしたことは、自分たちに200億円のボーナスを与えることだった。
これに続く原氏との対談での東レ・日覚社長の発言もかなり面白い。
東レは将来の事業の種となる研究開発費は、利益の変動に関係なく売上の3%程度をコンスタントに充ててきた。ここを絞れば短期的には高収益企業になるが、10年後、20年先の成長はない。
「日本企業が内部留保を溜め込み、賃上げも設備投資もしないから、株主圧力が必要」との意見があるが、その考えは完全に間違っている。
国際競争に勝ち成長するためには、「6重苦(超円高、法人税負担、自由貿易協定の遅れ、厳しい労働規制、厳しい環境規制、電力価格)」を解消してイコールフッティングを実現しないといけないのに、解消したのは超円高だけで、いつ円高に戻るかわからない。そんな状況でも国内に産業を残そうと、みんな必死になっている。
世界経済は新興国経済を巻き込みながら成長するので、モノの値段は絶対に下がる。企業は猛烈なコストダウンでなんとか利益を上げているのであって、固定費を上げる賃上げやマーケットから遠い国内への設備投資がそう簡単にできるわけがない。
東レは執行役員制を採用せず、取締役の人数も多く、ガナバンスへの批判は多い。でも、時流に合わせることに何の意味があるんですか。
東レでは、現場に密着して事業を熟知している取締役が責任を持って意思決定している。「経営と執行を分離すると意思決定が迅速になる」と言われるが、どうして現場を知らず、専門知識を持たない人が事業の将来性を判断できるのかがわからない。財務諸表を見てROEが良いとか悪いとか、将来性はよく分からないが足元で儲かりそうな事業にあつめるとか、一般論を聞き入れたら、いくら意思決定が速くても会社は潰れるよね。
今年に入ってからの株安もあって、有力各社より積極的な自社株買い計画が表明されております。中には不適切な財務戦略が目先の還元を期待する投資家を助長することでしょう。ガナバンスコードに縛られず、日覚社長のようにアクティビストを黙らせるだけの、骨のある経営者がもっと出てきて欲しいものです。
おあとがよろしいようで。
<ご参考> 原丈人氏の著作です。氏の考えを深く理解されたい方に。↓
増補 21世紀の国富論 | |
原 丈人 | |
平凡社 |