『つばさ屋』
第四章 未来のつばさ
カイがつばさ屋をおとずれて、三十年の年月が流れました。
「ここね。ここが、つばさ屋さんね」
若いむすめが地図を手に、つばさ屋の店のとびらのまえに、立っていました。
むすめの名前はメイ。
「お父さんにきいたとおりだわ。古びた店がまえね。ショーウィンドウには、
すてきなせびろとズボンがかざられてるわ。さすがにガラスにひびは入っていないけれど」
メイは、店のとびらをあけました。
「こんにちは」
店のおくには、めがねをかけた男のひとがいました。
つばさ屋の主人です。ミシンをふんでいました。
「いらっしゃいませ」
つばさ屋はミシンをふむのをやめて、メイのほうに目をやりました。
「あの、おたずねします。ここはつばさ屋さんですね。つばさを作るという……」
「はい、そうですが……どうしてここがつばさを作るつばさ屋だと?
かんばんに、つばさ作りのことは、書いていないのですが」
つばさ屋はおどろいた顔で、メイをあらためて見つめました。
「父からききました。わたし、カイのむすめです。メイといいます」
「なんと。カイくんのむすめさんですって」
つばさ屋は、立ち上がり、ぬいかけていた生地を
床に落としそうになりました。
「はい。父に書いてもらったつばさ屋さんへの地図、それを見て、たずねてきました。
入り組んだ、路地にあるんですね。少しまよってしまいました」
「よくきてくれました。あれから三十年、まちのようすもずいぶんかわりました。
新しいきれいな建物が、たくさん、たちました」
「でも、つばさ屋さんは、父にきいたままのお店でした」
メイは、店の中をぐるりと見まわしました。
つばさ屋は少し笑って、「そうでしょう」と言いながら
昔を思い出すように、てんじょうをあおぎました。
「なつかしいなあ。お父さんのカイくんには、群青色のじょうぶな生地に
すきとおるような明るいオレンジ色をちりばめたつばさを作りました。
群青色は、夜明け前の空の色、オレンジ色は、朝焼けの太陽の色に見立てたものです。
カイくんに、希望にみちた朝がくるようにとね」
「わあ、よくおぼえていらっしゃるんですね」
「そりゃそうです。手がけたつばさは、どれも忘れたことはありません。
つばさ職人として、あたりまえのことです」
つばさ屋は、せすじをのばし、胸をはって、こたえました。
「カイくん、いや、お父さんはお元気ですか」
「それが……わたしが小さいころ、病気でなくなったんです。爆弾で、受けた傷がもとで」
「ああ……なんてこと……」
「父は、つばさ屋さんに作ってもらったつばさを、それはそれは、大事にしていて
元気なころ、つばさをつけて空を飛んだことを楽しそうにうれしそうに、何度も話してくれました」
「それは……つばさ屋として何よりうれしいことです」
「ここにきたのは、父のゆいごんなんです」
「ゆいごん?」
「ええ。わたし、もうすぐ結婚するんです。メイが結婚するときには、お祝いにつばさ屋さんに
つばさを作ってもらいなさいって、つばさ屋さんへの地図を書いてくれていたんです」
「ご結婚を。それはおめでとうございます」
つばさ屋は、カイが生きていたら、さぞ喜ぶだろうと思いながら
にじんだ涙をぬぐいました。
「ありがとうございます」
「さあて、メイさんにはどんなつばさが似合うでしょうね。
好きな色はなんですか。どんな空の日に飛びたいですか。
希望があれば、話してください」
「好きな色……そうですね。さくら色と……そうミルク色かしら。
よく晴れて、気持ちのいい、そよ風のふく日に飛びたいわ」
「それでは……さくら色とミルク色、軽い生地をふたえに、かさねましょう。
こがらなメイさんがふわっと飛べるように」
メイは両手をくんで、胸の前にあてて、自分のつばさを想像しました。
さくら色とミルク色がかさなったつばさ。なんてきれいですてきなんでしょう。
「ふわっと飛べるんですね。すごいわ」
「それでは、背中やうでの、寸法をはかります」
つばさ屋は、まきじゃくをとり、メイの背中やうでにあてて、寸法をノートにかきこみました。
「つばさは、どれくらいで仕上がるんですか」
「そうですね。材料をそろえたり、設計をしたり、生地を染めたり、生地を切ってぬったり……
ざっと半年はかかります」
「ちょうど半年後に結婚式の予定なんです」
「花嫁さんにぴったりのつばさができそうですよ」
つばさ屋はそう言いながら、窓をあけました。
水色の空が広がっています。
ふわふわの、綿菓子のような、雲が流れています。
つばさ屋は、忘れることのできない遠い記憶を、きのうのことのように思い出しました。
「このきれいな空に、三十年前、爆弾をつんだ飛行機が飛んでいたなんて、うそのようですよ」
「ええ。ほんとうに。わたしがうまれる前の戦争のこと、父からききました」
「カイくん……お父さんもメイさんの幸せを祈っていることでしょうね。
メイさん、どうぞ、お幸せに。つばさのできあがりを、楽しみにしていてください」
「はい。つばさをつけてあの空を、飛べるんですね。うれしいわ」
風が、そよそよと、窓からはいってきます。
空の高いところを、一羽の鳥が飛んでいます。
まるでメイの未来を祝うように何度も何度も
くるりくるりと大きな円をえがきながら、飛んでいました。
(第五章ー最終章ーに続く)
第四章 未来のつばさ
カイがつばさ屋をおとずれて、三十年の年月が流れました。
「ここね。ここが、つばさ屋さんね」
若いむすめが地図を手に、つばさ屋の店のとびらのまえに、立っていました。
むすめの名前はメイ。
「お父さんにきいたとおりだわ。古びた店がまえね。ショーウィンドウには、
すてきなせびろとズボンがかざられてるわ。さすがにガラスにひびは入っていないけれど」
メイは、店のとびらをあけました。
「こんにちは」
店のおくには、めがねをかけた男のひとがいました。
つばさ屋の主人です。ミシンをふんでいました。
「いらっしゃいませ」
つばさ屋はミシンをふむのをやめて、メイのほうに目をやりました。
「あの、おたずねします。ここはつばさ屋さんですね。つばさを作るという……」
「はい、そうですが……どうしてここがつばさを作るつばさ屋だと?
かんばんに、つばさ作りのことは、書いていないのですが」
つばさ屋はおどろいた顔で、メイをあらためて見つめました。
「父からききました。わたし、カイのむすめです。メイといいます」
「なんと。カイくんのむすめさんですって」
つばさ屋は、立ち上がり、ぬいかけていた生地を
床に落としそうになりました。
「はい。父に書いてもらったつばさ屋さんへの地図、それを見て、たずねてきました。
入り組んだ、路地にあるんですね。少しまよってしまいました」
「よくきてくれました。あれから三十年、まちのようすもずいぶんかわりました。
新しいきれいな建物が、たくさん、たちました」
「でも、つばさ屋さんは、父にきいたままのお店でした」
メイは、店の中をぐるりと見まわしました。
つばさ屋は少し笑って、「そうでしょう」と言いながら
昔を思い出すように、てんじょうをあおぎました。
「なつかしいなあ。お父さんのカイくんには、群青色のじょうぶな生地に
すきとおるような明るいオレンジ色をちりばめたつばさを作りました。
群青色は、夜明け前の空の色、オレンジ色は、朝焼けの太陽の色に見立てたものです。
カイくんに、希望にみちた朝がくるようにとね」
「わあ、よくおぼえていらっしゃるんですね」
「そりゃそうです。手がけたつばさは、どれも忘れたことはありません。
つばさ職人として、あたりまえのことです」
つばさ屋は、せすじをのばし、胸をはって、こたえました。
「カイくん、いや、お父さんはお元気ですか」
「それが……わたしが小さいころ、病気でなくなったんです。爆弾で、受けた傷がもとで」
「ああ……なんてこと……」
「父は、つばさ屋さんに作ってもらったつばさを、それはそれは、大事にしていて
元気なころ、つばさをつけて空を飛んだことを楽しそうにうれしそうに、何度も話してくれました」
「それは……つばさ屋として何よりうれしいことです」
「ここにきたのは、父のゆいごんなんです」
「ゆいごん?」
「ええ。わたし、もうすぐ結婚するんです。メイが結婚するときには、お祝いにつばさ屋さんに
つばさを作ってもらいなさいって、つばさ屋さんへの地図を書いてくれていたんです」
「ご結婚を。それはおめでとうございます」
つばさ屋は、カイが生きていたら、さぞ喜ぶだろうと思いながら
にじんだ涙をぬぐいました。
「ありがとうございます」
「さあて、メイさんにはどんなつばさが似合うでしょうね。
好きな色はなんですか。どんな空の日に飛びたいですか。
希望があれば、話してください」
「好きな色……そうですね。さくら色と……そうミルク色かしら。
よく晴れて、気持ちのいい、そよ風のふく日に飛びたいわ」
「それでは……さくら色とミルク色、軽い生地をふたえに、かさねましょう。
こがらなメイさんがふわっと飛べるように」
メイは両手をくんで、胸の前にあてて、自分のつばさを想像しました。
さくら色とミルク色がかさなったつばさ。なんてきれいですてきなんでしょう。
「ふわっと飛べるんですね。すごいわ」
「それでは、背中やうでの、寸法をはかります」
つばさ屋は、まきじゃくをとり、メイの背中やうでにあてて、寸法をノートにかきこみました。
「つばさは、どれくらいで仕上がるんですか」
「そうですね。材料をそろえたり、設計をしたり、生地を染めたり、生地を切ってぬったり……
ざっと半年はかかります」
「ちょうど半年後に結婚式の予定なんです」
「花嫁さんにぴったりのつばさができそうですよ」
つばさ屋はそう言いながら、窓をあけました。
水色の空が広がっています。
ふわふわの、綿菓子のような、雲が流れています。
つばさ屋は、忘れることのできない遠い記憶を、きのうのことのように思い出しました。
「このきれいな空に、三十年前、爆弾をつんだ飛行機が飛んでいたなんて、うそのようですよ」
「ええ。ほんとうに。わたしがうまれる前の戦争のこと、父からききました」
「カイくん……お父さんもメイさんの幸せを祈っていることでしょうね。
メイさん、どうぞ、お幸せに。つばさのできあがりを、楽しみにしていてください」
「はい。つばさをつけてあの空を、飛べるんですね。うれしいわ」
風が、そよそよと、窓からはいってきます。
空の高いところを、一羽の鳥が飛んでいます。
まるでメイの未来を祝うように何度も何度も
くるりくるりと大きな円をえがきながら、飛んでいました。
(第五章ー最終章ーに続く)