『つばさ屋』
第一章 空と夢
空を飛ぶことが、おさないころからの、ぼくの夢でした。
朝焼けの輝く、群青色の空。
太陽が力強く燃える、真昼の青い空。
しずむ夕陽にそまった、あかね色の空。
きらきらと星々のきらめく、群青色の空。
あわくかすんだ、やさしい春の空。
すぐに泣きだす、しっとりとした梅雨の空。
ぎらぎらたくましい光を放つ、夏の空。
高く澄みきった、深呼吸したくなる秋の空。
銀色のドレスをまとった雪の女王さまが降りてきそうな、冬の空。
あの空も、この空も、どの空も、ぼくは大好きでした。
どこまでも、いつまでも、終わりを感じさせない空が、始まりの予感の空が、
いつでも、どこへでも、行きたいところにつながっていこうとする空が、ぼくは大好きでした。
学校を卒業すると、ぼくは、心配する両親をときふせて飛行士の養成所にはいりました。
そこで、飛行機をそうじゅうするためにいろんなことを学びました。
空を飛ぶために、夢中で勉強しました。
飛行機のそうじゅう方法はもちろん、飛行機の仕組みや整備についても、くわしく学びました。
そしてたくさんの実地訓練。
何百時間も空を飛んで、教官にきびしくしぼられ
むずかしいといわれる卒業試験もなんとか合格し
ようやく一人前の、飛行士の資格を、もらうことができました。
ぼくは無事に養成所を卒業しました。
そして、ある航空会社の貨物機のそうじゅう士としてつとめることが決まりました。
しばらくして、ずっと気になっていた幼なじみの気立てのやさしい女性と結婚をしました。
かわいい子どももできました。
妻は、ぼくが事故をおこして飛行機が落ちてしまわないか心配でしかたないようでした。
もちろん、ぼくだって事故をおこしたくはありません。
天候の悪い日や、自分の体調の悪い日は、決して無理をしないよう
仕事のスケジュールを調整したりしています。
そうじゅうには自信がありますが、自信過剰にはならないように
じゅんぶん、こころくばりをしています。
そして、妻を安心させるためと自分に言い聞かせるために
だいじょうぶだよと言って、毎回、笑顔で家を出ます。
ぼくが、長期間飛行の仕事から無事に帰ってきたときには
今度は、妻が、満面の笑顔で、むかえくれます。
ぼくたちは、決してゆうふくとはいえませんが幸せな生活をおくっていました。
そのやさきに、「それ」は、始まりました。
「戦争」です。
戦争が始まったのです。
国と国とが、戦いを始めたのです。
飛行士養成所の卒業生、そして、生徒たちはほとんど戦争にかりだされました。
もちろん、ぼくも例外ではありません。
航空基地の兵舎で、訓練、待機するよう、国から命令がきました。
ぼくは、これまでに見たことのない不安げな顔の妻に、いつものように、だいじょうぶだよ、と
やっとのことで、笑顔を作り家を出ました。
そうして、妻と子どもとはなれて、航空基地の兵舎でくらすことになりました。
兵舎にいる「兵士」たちは、空中戦の行われている空へ飛び立つためや
「敵」(と言われている)の艦隊につっこむためや、「敵」の町をこうげきするために、
訓練をしたり、出発の時間まで待機したり、飛行機の整備をしたりしているのでした。
空中戦に出発した多くの仲間たち。その半分以上がもどってくることは、ありませんでした。
たとえ今回は無事にもどってこられたとしても、次回はわかりません。
ぼく自身も、なんどか、空中戦にいきました。
が、幸い、仲間の飛行機に助けられたり、運よく引き返しの命令が出たりして
かろうじて、ここまで命拾いをしていました。
空中戦だけではなく、燃料切れか飛行機の故障で、広い海原か、どこかの砂漠か、平原か、町なかか、
どことも知れない場所に墜落して発見もされず、
もちろん助けてももらえず、行方知れずになった仲間たちもいます。
こういった、非常事態の世界では、救助命令など出たりしません。
行方知れずは、行方知れずのままなのです。
片道の燃料だけ積んで、そのまま「敵」の艦隊や「敵国」の陣地につっこんでいった仲間たちもいます。
上からの命令は、ぜったいです。
どこへ行ってどんなことをするのか、自分で決めることはできません。
ぼくは、毎夜毎夜、ポケットにしのばせた妻と子どもの写真を、ながめながら、
―きっと帰るから、きっと帰るからね、戦争は終わるから、終わるんだよ。終わらなきゃいけないんだ。
とそればかりを、願っていました。
口に出して言うと、上官からいさめられますから、そっと心の中で願うしか、ないのでした。
もはや、子どものころからの夢だった、空を飛びたい、大好きな空を―
などというのは、甘くはかないマボロシとして、いつのまにか、ぼくの心の中から、消え失せていました。
大好きだった空は、「戦争」によって、ぼくが感じた、色も季節も太陽も月も星も、すべて変わってしまい、
美しいものは、うばわれてしまっていたのです。
ぼくは、ただ、「戦争用の飛行機乗り」として、ここに存在しているだけでした。
何のために、飛行機のそうじゅうを学んだのか、少なくとも、何かを、はかいしたり、うばうためではないはずでした。
なのに……
ぼくは、心ならずも、こうして、「戦争用の飛行機」に乗るために、ここにいなければならないのでした。
(第二章に続く)
第一章 空と夢
空を飛ぶことが、おさないころからの、ぼくの夢でした。
朝焼けの輝く、群青色の空。
太陽が力強く燃える、真昼の青い空。
しずむ夕陽にそまった、あかね色の空。
きらきらと星々のきらめく、群青色の空。
あわくかすんだ、やさしい春の空。
すぐに泣きだす、しっとりとした梅雨の空。
ぎらぎらたくましい光を放つ、夏の空。
高く澄みきった、深呼吸したくなる秋の空。
銀色のドレスをまとった雪の女王さまが降りてきそうな、冬の空。
あの空も、この空も、どの空も、ぼくは大好きでした。
どこまでも、いつまでも、終わりを感じさせない空が、始まりの予感の空が、
いつでも、どこへでも、行きたいところにつながっていこうとする空が、ぼくは大好きでした。
学校を卒業すると、ぼくは、心配する両親をときふせて飛行士の養成所にはいりました。
そこで、飛行機をそうじゅうするためにいろんなことを学びました。
空を飛ぶために、夢中で勉強しました。
飛行機のそうじゅう方法はもちろん、飛行機の仕組みや整備についても、くわしく学びました。
そしてたくさんの実地訓練。
何百時間も空を飛んで、教官にきびしくしぼられ
むずかしいといわれる卒業試験もなんとか合格し
ようやく一人前の、飛行士の資格を、もらうことができました。
ぼくは無事に養成所を卒業しました。
そして、ある航空会社の貨物機のそうじゅう士としてつとめることが決まりました。
しばらくして、ずっと気になっていた幼なじみの気立てのやさしい女性と結婚をしました。
かわいい子どももできました。
妻は、ぼくが事故をおこして飛行機が落ちてしまわないか心配でしかたないようでした。
もちろん、ぼくだって事故をおこしたくはありません。
天候の悪い日や、自分の体調の悪い日は、決して無理をしないよう
仕事のスケジュールを調整したりしています。
そうじゅうには自信がありますが、自信過剰にはならないように
じゅんぶん、こころくばりをしています。
そして、妻を安心させるためと自分に言い聞かせるために
だいじょうぶだよと言って、毎回、笑顔で家を出ます。
ぼくが、長期間飛行の仕事から無事に帰ってきたときには
今度は、妻が、満面の笑顔で、むかえくれます。
ぼくたちは、決してゆうふくとはいえませんが幸せな生活をおくっていました。
そのやさきに、「それ」は、始まりました。
「戦争」です。
戦争が始まったのです。
国と国とが、戦いを始めたのです。
飛行士養成所の卒業生、そして、生徒たちはほとんど戦争にかりだされました。
もちろん、ぼくも例外ではありません。
航空基地の兵舎で、訓練、待機するよう、国から命令がきました。
ぼくは、これまでに見たことのない不安げな顔の妻に、いつものように、だいじょうぶだよ、と
やっとのことで、笑顔を作り家を出ました。
そうして、妻と子どもとはなれて、航空基地の兵舎でくらすことになりました。
兵舎にいる「兵士」たちは、空中戦の行われている空へ飛び立つためや
「敵」(と言われている)の艦隊につっこむためや、「敵」の町をこうげきするために、
訓練をしたり、出発の時間まで待機したり、飛行機の整備をしたりしているのでした。
空中戦に出発した多くの仲間たち。その半分以上がもどってくることは、ありませんでした。
たとえ今回は無事にもどってこられたとしても、次回はわかりません。
ぼく自身も、なんどか、空中戦にいきました。
が、幸い、仲間の飛行機に助けられたり、運よく引き返しの命令が出たりして
かろうじて、ここまで命拾いをしていました。
空中戦だけではなく、燃料切れか飛行機の故障で、広い海原か、どこかの砂漠か、平原か、町なかか、
どことも知れない場所に墜落して発見もされず、
もちろん助けてももらえず、行方知れずになった仲間たちもいます。
こういった、非常事態の世界では、救助命令など出たりしません。
行方知れずは、行方知れずのままなのです。
片道の燃料だけ積んで、そのまま「敵」の艦隊や「敵国」の陣地につっこんでいった仲間たちもいます。
上からの命令は、ぜったいです。
どこへ行ってどんなことをするのか、自分で決めることはできません。
ぼくは、毎夜毎夜、ポケットにしのばせた妻と子どもの写真を、ながめながら、
―きっと帰るから、きっと帰るからね、戦争は終わるから、終わるんだよ。終わらなきゃいけないんだ。
とそればかりを、願っていました。
口に出して言うと、上官からいさめられますから、そっと心の中で願うしか、ないのでした。
もはや、子どものころからの夢だった、空を飛びたい、大好きな空を―
などというのは、甘くはかないマボロシとして、いつのまにか、ぼくの心の中から、消え失せていました。
大好きだった空は、「戦争」によって、ぼくが感じた、色も季節も太陽も月も星も、すべて変わってしまい、
美しいものは、うばわれてしまっていたのです。
ぼくは、ただ、「戦争用の飛行機乗り」として、ここに存在しているだけでした。
何のために、飛行機のそうじゅうを学んだのか、少なくとも、何かを、はかいしたり、うばうためではないはずでした。
なのに……
ぼくは、心ならずも、こうして、「戦争用の飛行機」に乗るために、ここにいなければならないのでした。
(第二章に続く)