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『つばさ屋』 最終章 つながるつばさ

2022年03月06日 | 創作帳
『つばさ屋』
  第五章(最終章) つながるつばさ


 メイがつばさ屋をおとずれて、二十年の年月がたちました。

 とつぜんふりだした雨の中、ひとりの青年が早足で路地を歩いていました。
 青年の名前は、ショウ。
 手には、地図がにぎられていました。
「ええっと、たしかこのあたりだぞ」
 地図をみながらショウはある店の前で立ち止まりました。
「あった。ここだ」
 古びた店です。
 とびらを開くと、ぎいぃと音がしました。
「こんにちは」
 店の中は暗く、だれのすがたもありません。
「こんにちは。こんにちは」
 ショウは、何度も大きな声をだしました。
「はいはい。そんなに何回も言わなくても きこえていますよ」
 店のおくから、おじいさんが出てきました。
「こんにちは。あの……」
「ちょっと、待ってください。外は雨のようですね。店の中が暗くてよく見えない。今、あかりをつけますから」
 八十才になった、つばさ屋はランプにあかりをともしました。
 店の中がほんのり明るくなりました。
「やあ、いらっしゃいませ……おや? きみは……なんだか、どこかで見たような……」
 つばさ屋は、どこか遠くをみる目をして、必死になにかを思い出そうとしました。
「ぼく、ショウといいます」
「ショウくん? きいたことのない名前だなあ。ええっと……どこかで、お会いしましたか」
「いえ、お会いするのは、はじめてです」
「そうですか……きみはだれかに似ている。ちょっと待ってください。いま、思い出します」
 つばさ屋は、ショウの顔をしげしげと見つめました。
「……あの、ぼくの母はメイといいます。母は、こちらで、つばさを作ってもらいました。
 ぼくのおじいさんも、このつばさ屋さんで、つばさを……」
「あ!」
 つばさ屋は思い出しました。

 群青色とオレンジ色のつばさ。
 さくら色とミルク色のつばさ。
 きらきらしたひとみの、少年のカイ。
 幸せそうな、むすめさんのメイ。

「き、きみは、メイさんの息子さんですね」
「はい。思い出していただけましたか」
「あのカイくんのおまごさん……どおりで、ふたりによく似ているはずだ」
 つばさ屋はなつかしそうに、笑顔をうかべショウの肩をたたきました。
「ショウくん、びしょぬれじゃないですか。ちょっと待ってください」
 つばさ屋は、店のおくに行って、一枚の布を手に取ってきました。
「さあ、これでぬれたかみやからだをふいて」
 布を受け取ったショウは、それをぬれたうでや顔にあてました。
 布は軽くさらさらで、肌にあてたしゅんかん
 ふんわりと幸せな気持ちになるような、そんな肌ざわりでした。
「もしかして、これは、つばさの生地ですか。母のつばさの生地に似ています」
「ええ。そうですよ。メイさん……お母さんは、お元気ですか」
「え? え、ええ」
 ショウの顔が少し、くもりました。
 そのとき、空から大きな音がひびきました。
 古いつばさ屋の店はがたがたとゆれました。
 つばさ屋は、窓をあけ雨雲でいっぱいの空を見上げてくちびるをかみしめながら言いました。
「ああ。また戦闘機が空を飛んでいる。いやな音だ。
 数十年前の戦争にこりずに世界はまた戦争を始めてしまったんだ。
 なぜ、ひとは何度もばかなことをくりかえすのでしょう。
 通りの花屋の若主人も、食堂のよくはたらく若者も、菓子屋のひとりむすこも、雑貨屋の店主も
 みな戦争へいってしまいました。ショウくん、もしかして戦地へいく予定が?」
「はい……二、三日中に……前線に……」
 言葉をつまらせながらショウが答えます。
 つばさ屋は、ショウのほうに向きなおり、なんてことだ、と首を横にふりました。
「お母さんは、さぞ、心配をしていることでしょう」
「毎日のように、涙ぐんでいます」
「そうでしょうね」
 つばさ屋は窓をしめました。
「あの、きょう、ぼくがここへきたのは……」
「もしかして、つばさをつくりに? それだったら、もうしわけないけれど、できそうにないですよ。
 空には、戦闘機が飛びかっています。夢見ごこちで、空を飛ぶという時代ではなくなりました。
 それに、わたしも、もう、としです。なっとくのいくつばさを作るには、限界がある。
 店は、代々、わたしの家だけで、やってきたので、あとをつぐものもいないし
 閉じようと思っているんですよ。しかし……せっかくきてくれたのに……ああ……ショウくんのつばさ……」
 つばさ屋は、うでぐみをしたり、片手をひたいにあてたりして、う~んと、うなりました。
「ああ……おわりのつばさ……そんなつばさは、イメージがわかない」
「あの、ぼく、つばさをつくりにきたのではないんです。つばさ屋さんにお願いがあって」
「お願い?」
「はい、ぼくがつばさ屋さんを、たずねてきたのは……」
 戦闘機が、また、ごう音をたてて飛んできました。
 その音で、ショウの声はかきけされました。
「すまないが、ショウくん、もういちど、言ってくれませんか。戦闘機の音がじゃまをして」
「はい。ぼくは、つばさを作る人になりたいんです。
 つばさ屋さんに、つばさづくりを、おしえていただきたいんです!」
 戦闘機の音に負けないようにショウは声を出しました。
「え、なんですって」
 思いがけないことばに、つばさ屋は目をまるくしました。
 ショウは、はなしを続けました。
「小さなころから、つばさ屋さんのことを、母からきいてそだちました。
 母はとても幸せそうに、平和な時代、空を飛んだことを話してくれました。
 母から、おじいさんのこともききました。おじいさんも母とおなじようにそれはそれは楽しそうに
 つばさのはなしを、してくれたそうです」
 ショウの目は、しんけんそのものでした。
 きらきらとかがやいていました。
「だから、ぼく、大きくなったら、ぜったいつばさを作るひとになろうと決めていたんです。
 だれかを幸せにするつばさを、だれかに夢をみてもらうつばさを、作りたいんです。
 お願いします。弟子にしてください」
「そ、それは、とつぜんでおどろきましたよ。なんだか、ショウくんのまっすぐな目をみていると、店をとじるのが、おしくなって……」
 ショウの目が、いっそう、かがやきました。
「じゃあ、いいんですね! 弟子にしてくださるんですね」
 つばさ屋は、大きくうなずきました。
「ああ、いいとも。約束しましょう。つばさの設計図を、だれにも教えないままにするなんてね」
「ありがとうございます!」
 窓の外で、鳥のなく声がしました。
「おや、光がさしてましたね。雨がやんだのかな」
 つばさ屋は、店のとびらをあけました。

「ああ、雨はあがったようだ。雲のすきまに青空がみえる。ショウくん、ほら、見てごらんなさい」
 ふたりは、ならんで空を見上げました。
「きれいな、すんだ青色だなあ」
「あの空に、どんなつばさを飛ばそうかと、想像することから、つばさ屋の仕事は始まるんですよ」
 銀色の雨雲が、風といっしょに、空を流れ、青空が、じょじょに広がっていきます。
「ショウくん、きっと無事に帰ってきてください」
「きっと、帰ってきます」
 ショウは大きくうなずきました。

 つばさ屋は、まるで、空に向かって、話しかけるように
 上を見つめたまま、ゆっくりとした声で言いました。
「ああ、空を見るたび、心が広くなるような感じがしますよ。
 きっと、あなたのおじいさんもお父さんもお母さんも
 そして、わたしの父親も、そうだったのでしょうね」
「ぼくも……ぼくもそうです」
「ショウくん、わたしは、こうも思うんです。ひとが同じあやまちをくりかえすことは
 なげかわしいことです。けれど、ひとは、どんな絶望の中にも、夢を見ることができるんです。
 希望を持つことができるんです。
 家族を失って、絶望の中にいたわたしが、細々とでもつばさ作りをつづけてこられたのは
 それがあったからです。きみのひとみのかがやきを見てあらためて考えました。
 あやまちの中、絶望の中にあってでさえ、ひとは光を感じることも知ることもできるのかもしれません」

 広がっていく青い空に、鳥が飛んでいます。

 鳥は、つばさを、けんめいに、はばたかせながら、どこまでも、どこまでも、つづく空を、飛んでいきました。





  『つばさ屋』fin.


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