遠くで雲雀のさえずりが聞こえ、春が藤棚の上で磊落な笑い声をあげていた休日の昼下がりのことだ。
時期的には少し早いと思えたが、水口イチ子が今年初めてノースリーブを着ている。
ぼく達ふたりは、彼女の家の庭に賑やかにテーブルを運び出し、簡単なトーストや砂糖菓子の他、ナッツやジェリーを盛りつけた大皿を水色のテーブル・クロスの上に置く。
ベルガモットで香りを添えた『グレイ伯爵』のアイス・ティーも辺りに薫っているに違いない。
バターがほど良く染みて絶好の焼き色のイングリッシュ・マフィン ----- イチ子は、その欠片を二本の指で用心深く摘まんで口に押し込むと、氷のせいで水滴の汗をタップリかいた大きなグラスをつかみ、その『グレイ伯爵』を少しだけ静かに飲む。その液体が彼女の喉を通る時、かすかに音を立てたのをぼくは聞き逃さなかった。
「それでね...」とイチ子は言うと、次の言葉をしばらく頭の中で探っているようだった。
「昔の人なら『これは運命だ』と思うようなことを、今の人は、なぜか『偶然だ』って言うじゃない? 今ここで、あなたとお茶を飲みながら話していて、これはいったい必然なのか偶然なのかって考えると、実はこれ、『宇宙とは何か』と同じレベルの問題を語ることになるのよ」と言って、今度は紅いジェリー・ビーンズにその白い腕を伸ばすのだった。
Human Nature / Will You Love Me Tomorrow
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