きみの靴の中の砂

歓楽街の裏町に隠れ住む女




 先日、NHK の総合放送が日曜深夜にやっている『わたしが子どもだったころ』にムットーニこと、芸術家・武藤政彦が出ていた。
 この番組、回ごとにディレクターが違うのも、また魅力のひとつだ。

 さて、ムットーニを知らない人に、その芸術を説明するのは至難の業だ。遠い異なる国に住み、そこから外に旅したことのない人に、日本のスキヤキという食べ物の『味』を説明するのに等しい。つまり、説明不可能ということだ。
 ムットーニは本来油絵画家で、かつていくつもの賞を手にした。しかし、やがて自分が賞を取ることを目的に絵を描き、もはや楽しみのために描いていないことに気付く。その時、ムットーニは油絵を捨て、独自の新しい芸術世界を探し始めたのである。
 行き着いた先で見つけたのが、言わば、ファンタジーとスペクタクルによる箱形電動人形芝居。

 僕がムットーニを初めて知ったのはいつの頃か。
 自分のオフィスから小一時間程の距離にある世田谷文学館の常設展示に、もう思い出せないくらい昔からムットーニはあった。興味を惹く企画展がある度に文学館へ出かけはするが、いつの頃からかその楽しみの半分近くを常設展示のムットーニを再体験するという目的が占めるようになった。
 中島敦の『山月記』の面白さを知ったのもムットーニからだった。

 自分が表現したものが一般に理解され始め、やがて一人歩きしていくのを見守るのは、創作家ならではの喜びがあろう。また、古くからのムットーニのファンにとっては、彼がマス-メディアに採り上げられる度に、無から始まった新芸術が徐々に成長するのを同時代に共に体験しているという喜びがある。

 ところで、ムットーニに出てくる女達には、常に、昭和三十年代の子供達が簡単に出入りできなかった歓楽街の裏町に隠れ住む女の雰囲気がある。そんな女達と会えるのは、古い映像を除けば、もはやムットーニ以外にはあるまい。

 かつては文学館に三台しかなかったムットーニも、今や増えて七台、いや七話がラインアップしている。


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ムットーニに似合う一曲『月の光』


FINIS
 

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