きみの靴の中の砂

豊後ピート





 それは太平洋戦争中の話だ。

 四国と九州の間の海峡・豊後水道は、広島県呉軍港から出てくる軍艦のみならず、日本軍が展開する太平洋全域に物資を補給する輸送船も多数外洋に出ていく場所であった。

 アメリカ海軍太平洋艦隊潜水艦部隊は、水道の太平洋側に散開し、それら艦船を狙って魚雷攻撃を重ね、相次ぐ輸送妨害を行っていた。

 そのアメリカ潜水艦を捕捉し、爆雷で攻撃、既に数隻を返り討ちにしていた日本海軍峯風型駆逐艦『秋風』 ----- その艦長ナカメ・タテオ大佐は、アメリカ潜水艦部隊から通称『豊後ピート』と呼ばれ、一目置かれていた。
 圧倒的優位な位置に占位しない限り『豊後ピート』とは交戦するな! ----- これが、その海域に出撃する潜水艦への命令だった。

 最新鋭潜水艦 Eel(イール『うなぎ』)の艦長エドワード・リチャードソン中佐、通称リッチは、仲間の潜水艦を何隻も沈めた仇『豊後ピート』をこの世から葬り去るため、豊後水道出口に布陣、虎視眈々と『秋風』が出撃してくるのを待ち受けていた。

 哨戒を続けて数日たったある日、しかも、ひどい嵐を予感させる夜。水道の出口に、遂にあの『豊後ピート』が姿を現した。

                    

 さて、この作品 ----- 『RUN SILENT, RUN DEEP / 深く静かに潜航せよ(札幌・柏艪舎刊)』の著者エドワード L. ビーチは、大戦中、実際に東京湾で日本軍から爆雷攻撃を受けた経験を持つ元潜水艦艦長。
 最初の版は1955年(昭和30年)に世に出た。そしてその後、半世紀以上経っても、いまだにアメリカ本国では世代を超えて読み継がれているという。

 原作者は序文に書いた。
『(太平洋戦争は)図らずもアメリカ国民の大多数に、人生の最高の目的とは何かを思い出させた五年間だった』と。
 また、本書の翻訳者・鳥見真生も『訳者あとがき』に書く。
『(世代を超えて読み継がれているのは)アメリカが正義を実現する国として世界に受け入れられた時代について描かれているせいだろうか。(中略)本書は、最近見失われがちな真理に、改めて気づかせてくれる希有な作品である』と。

                    

 第一次世界大戦はレマルクに『西部戦線異状なし』という世界文学史に残る名作を書かせた。第二次世界大戦は、そこまでの文学作品を生み出すには至らなかったが、あえて言うなら、今日採り上げた “RUN SILENT, RUN DEEP” が、最もそれに近いものかもしれない。

 戦争を縦軸に書かれた物語ではあるが、それにまつわる人間関係の、あるべき理想型を描いた点が、他の、いわゆる戦記物とは一線を画している。


 

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