きみの靴の中の砂

やり残していること





 人生でやり残していることに執着しはじめる年齢があるようだ。そんな気持ちがわからないでもない年齢に近づいたせいか、あることが気になりはじめていた。

 三十年程前に購入して手付かずのままのプラモデル・キットのことである。

 そもそも作る気がなければ、何度かの引っ越しの際に失われていたはずで、今もあるということは、いつか作りたいと心に決めていた証だろう。

 そんなわけで、このところ時間のとれる日に、その製作に手を染めるようになった。件の模型とは、日本模型社製200分の1スケール、帝國海軍甲型駆逐艦『不知火』である。

 駆逐艦とは、基本的に敵の沿岸警備用小型艦艇を駆逐する目的の艦種だが、軍縮条約で大型艦を制限されていた日本海軍は、潜水艦と駆逐艦の建造に熱心だった。駆逐艦については従来の性能を大幅にスケールアップし、大海を越え、敵の大型艦をも攻撃し得る重装備を旨とした。

 部品数の多い、大作プラモデルの製作など、どうせ三日坊主に終わるとでも思ったのか、当初、イチ子は見て見ぬふりをしていたようだが、二週間程過ぎたある日、初めて話題にした ----- その戦闘艦は、なんだか小さいように見えるが、真珠湾へは行ったのか?
 作る手を休めず、ぼくは「うん」とだけ答えた。

                   ***

【帝國海軍甲型駆逐艦『不知火』。昭和14年12月竣工。第2水雷戦隊第18駆逐隊に編成を受ける。ハワイ作戦参加。昭和19年10月26日、米空母艦載機の攻撃により沈没した軽巡洋艦『鬼怒』の乗員救助に向かった際、同様の攻撃を受け、翌27日、フィリピン・パナイ島北方海域において沈没。乗員239名。生存者なし。12月10日、艦籍抹消】




【作曲指揮 : ヤン・ヴァンデル・ロースト 演奏 : 大阪市音楽団 / アルセナール】


 

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