きみの靴の中の砂

きみがホワイト・クリスマスを歌えないわけ





 さて、国の歴史が長いと、国民の宗教観が多様化するのは何も我が国だけに限ったことではありません。しかし、日本人のように、その多くが仏教徒でありながら、クリスマスも祝えば神社も参拝するという例は世界で日本だけかもしれません。戦に敗れ、アメリカの文化が色濃く急速に流入してきた国としては、それもまた止むを得ないことでしょう。そもそも太平洋戦争がなかったら、ハンバーガー、フライドチキン、コーラもここまで日常生活に密着したかどうかは疑わしいところです。さらに、クリスマスもここまで賑やかな行事になっていたかどうか...。

 いずれにせよ、景気の善し悪しに関わらず、あとひと月もすれば、その降誕祭はやってきます。昨今は生憎不幸な経済状況ですが、やがて街中でクリスマス・ソングも聞こえはじめるでしょう。

 ところで、子供の頃から聞き慣れたいくつものクリスマス・ソングの中で、あの『ホワイト・クリスマス』が日本語で歌われたのを誰も聴いたことがないと思います。

 さて、そのわけは...。

 『ホワイト・クリスマス』を作詞作曲したのは、明治21年(1888)生まれの Irving Berlin (アービン・バーリン) というロシア系ユダヤ人。音楽好きだったらしく、独学で音楽家として身を立てた苦労人 ----- 今でいう、シンガー・ソングライター。
 このバーリンさんが『ホワイト・クリスマス』を作曲したのが1940年というから彼が52歳の時 ----- 日本海軍がハワイの真珠湾を攻撃する前年のこと ----- バーリンさんは1989年まで存命で享年101才。

 そのバーリン爺さん、自分の子供か親戚縁者を対日戦で亡くしたか、あるいは戦争を仕掛けた日本を嫌ったのか、とにかく生前から日本語で『ホワイト・クリスマス』を歌うことを著作権者として絶対に許可しませんでした。さらにご丁寧なことに、死ぬ間際、遺言にまでそれを明記しました。よっぽど日本を嫌いだったとみえます。だから『ホワイト・クリスマス』は、日本人に限らず誰も日本語では歌えないのです ----- 遺言にも著作権同様の有効年限ってあるのでしょうか? 是非、知りたいところです。
 しかしその反面、チープな訳詞を無理矢理歌わされる不幸から私達は救われました。あの美しいメロディーは原語のまま聴いていたいし、歌っていたい。




Connie Talbot / White Christmas


 

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