きみの靴の中の砂

だとすれば...





 水口イチ子がシドニーへの乗務から戻って成田で解放されたのが午後2時過ぎ。それから自分の部屋に寄らずに、ぼくの芝公園のマンションに着いたのが4時少し前。イチ子の携帯メールボックスに今夜の計画案は送っておいたから、ここまでの時間に無駄はない。
 支度を済ませて食事に出かけるとして、イチ子の盛装は、ぼくの部屋にいつも一、二着は置いてあるから手抜かりはない。
 彼女がシャワーを浴びている間、お土産だから開けてみてと言われた箱を開けると、出てきたのは Penfolds St. Henri Shiraz 2001 という赤ワイン。ラベルにブドウの品種はシラーとあるから、もしかしたら以前飲んだことのあるシャトー・ラフィット・ロートシルトに似ているかも知れないと思った。

 だとすれば、当然、鴨だ。

 11月から解禁になっているから、鴨もまた食べ頃というわけだ。表参道の紀ノ国屋だったら鴨の調達に一時間あれば行ってこられるなと考えた。
 シャワーから出てきたイチ子に提案すると、それならふたりで表参道へ行って、戻ってきて、ここでディナーにしようということに即決した。

 地下鉄を日比谷で乗り換えて表参道まで。手をつないで歩き、会話して、買い物をして、それは、ぼく達をまったく新鮮な気持ちにさせた。

                             

 ぼくが得意とする『鴨のソテーのチョコレートソース』 ----- 作るのにそれほど時間は要らない。パンと少しのチーズと例のワインをテーブルにセットしていると、化粧して盛装した彼女がワイングラスを持って、ぼくの後ろに立った。
「あなたは着替えなくていいわよ。わたしは、あなたに見せたくて着替えただけだから...」
 イチ子からワイングラスを受け取ってそっとテーブルに置くと、ぼくは、思わずイチ子の腰に手を回したのだった。




Angelina Jordan / Fly Me To The Moon


 

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