きみの靴の中の砂

今年もまた『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』

 

 

 ニューヨークの、とある交差点。

 その一角に、古い小さな煙草屋『ブルックリン葉巻商会』はあった。
 店長は雇われの白人中年、名前をオーギー・レンという。土地柄、住人は白人も黒人も大人も子供も裕福な家庭に育った者は少ない。よって、強盗、かっぱらい、詐欺、ペテンなどが横行する地区ということになる。仮に生まれも育ちもこの地域で、それでいて現在は真っ当な人間に見える者がいるとすれば、それは現在そうだというだけのことで、過去から今までそんな人生を歩んできたかどうかとは別な話である。当然、過去を隠蔽すために、嘘と作り話で体よく粉飾せざるを得ない。まあ、これがこの地区に生まれ育ち、今もなお暮らす人達の処世術なのだろう。

 ブルックリン葉巻商会の目と鼻の先に、妻を銀行強盗の流れ弾で亡くした作家ポール・ベンジャミンが暮らしていた。
 妻を失って以来、納得できるものは書けず、スランプの連続。彼の日常生活は、精々、近くの煙草屋に愛煙するシガリロを買いに行くか、簡単な食料品を調達に出かけるくらいのものであった。

 今日もまたオーギーの店にポールが来る。オーギーがシガリロをふた箱、いつもどおり手渡そうとすると、今日はひと箱でいいとポールが言う。健康を心配してくれる人ができたんだという。このあたりに住む人達は、とにかく会話のどこかにどうでもいい作り話を盛り込むのが好きである。

「ところで、仕事の方は進んでるか?」とオーギー。
「ああ、二日前にニューヨーク・タイムズからクリスマスの物語を書いてくれないかと電話があったんだが、どうもいいアイデアがないんだ。しかも、締め切りまであと四日。なにか面白い話のネタはないか?」
「もちろん、あるさ。山ほどあるさ。そうだ、昼飯をおごってくれたら、いい話を教えてやる」

 ランチタイム、食堂でオーギーが語る。

                    

*彼の店で雑誌をかっぱらった黒人青年が落としていった財布にまつわる話。
*その年、ひとりぼっちでクリスマスを過ごすことになったオーギーの気まぐれな行動。
*財布を返しに行った先のアパートに住んでいたのは、青年の盲目の祖母がひとり。
*黒人の老婆は、訪ねてきたのを自分の孫だと勘違いする。しかし、声や抱きしめた体格から別人であることはわかっていたはず。もしかしたら、勘違いした振りをしたのかも。

 オーギーと老婆のいち日だけの家族ゲーム —— 孫と祖母になりきり、オーギーが買いに走った料理やワインで楽しいイヴを過ごす。

*やがて、ワインに酔って居眠りをはじめる老婆。その間、オーギーは洗面所の棚から孫が盗んだとみられる数台の新品箱入りの一眼レフ・カメラを見つけ、生まれて初めて一台頂戴してしまう。

*後日、気がとがめ、カメラを返しに行くと、老婆はすでに居らず、新しい住人は、老婆がどうなったかは知らないという。
*オーギーは自分を孫と偽り、そしてカメラを盗んだ償いに、いち日も休むことのない写真撮影の日々をはじめることとなる。

                    

 その後、オーギーは、そのカメラで今日までの四千日、いち日も休むことなく店の反対側の角から自分の店の定点撮影を続けている。しかも、そのすべてを日付順にアルバムに整理して...。

 嘘と盗みをはたらいたクリスマス・イヴ —— もしかしたら生涯最後のクリスマスだったかもしれない、孤独な老婆と楽しく過ごしたイヴ。

「彼女を喜ばせてやったじゃないか」 ポールは、良いことをしたとオーギーを称える。
「盗みは、芸術のためなら許されるっていうのか?」とオーギー。
「そうは言わないさ。そもそも、きみが直接持ち主から盗んだわけじゃないし、それより、きみはカメラを役に立ててる...」

「どうだ、クリスマスの物語になるだろ?」とオーギー。
「ああ、助かったよ。作り話が巧いのも才能だな」
「そりゃあ、どういう意味だ?」

 オーギーの、この『煙』をつかむような話は、果たして真実か。兎も角、小説のネタを提供され、ポールには良いクリスマス・プレゼントになった。

                   ***

 このお話、1992年12月25日クリスマスの朝、ニューヨーク・タイムズ恒例『クリスマス特別編集号』に掲載されるや大反響を呼んだ傑作である。その後、この作品は原作者により脚本化され、1995年に映画『SMOKE』として公開された。
 原作並びに脚本、ポール・オースター。

 

 

【翻訳・朗読 : 柴田元幸 - オーギー・レンのクリスマス・ストーリー】

 

 
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