数ある赤塚動物キャラの中でも、著しくモラルに反するとともに、隔絶したダーティさを漲らせ、読者をドン引きへと陥れてゆくのが、誌面初登場(「天才ウマボン」/73年19号)にして、いきなり主演へと大抜擢される、フーテン用なし馬である通称・ノラウマだ。
何せ、本来なら華々しい筈であろうデビューの場において、バカボンから引ったくったカップヌードルに小便を注いで食すわ、更には、馬糞を大砲の如き勢いで、肛門から発射し、追い掛けて来た目ん玉つながりの口に無作為に喰らわすわ、そのヨゴレっぷりは人後に落ちない。
やはり、このノラウマも、ご多分に漏れず、他の赤塚動物キャラと同じく、人語を理解しており、連載後期の準レギュラーとして活躍。ノラリクラリと人間相手に立ち回っては、周囲を煙に巻いてゆく。
さて、このノラウマ、同名の競馬場に掛けてか、本名を中山といい、「ノラウマ社員の無責任なのだ」(73年20号)で、パパに三味線を弾きながら語った身の上話によると、元々は会社勤めのサラリーマンをしていたという。
ノラウマは、正体をひた隠しにして、三年間も勤労に従事するが、ある時、緊急の書類を本社に届けねばならなくなった際、自身の馬脚を利用し、僅か十分で届けるといった凄技を披露したため、同僚達に馬であることがバレてしまったのだ。
この時、ノラウマは同じ会社に勤める女子社員と結婚を前提としたお付き合いをしていたが、このことが原因で、当然とはいえ、一方的に婚約を破棄されてしまう。
だが、そんな悲恋にも落胆することなく、有能社員であるノラウマは、その貢献度より金一封を贈呈され、それを元手に競馬を始める。
馬のことは馬が一番よくわかると豪語するノラウマは、毎回毎回、万馬券を的中させるが、周りの同僚達も一緒になって、ノラウマと同じ馬券を買い出したため、社員全員が職務放棄を招く事態となり、会社の機能をストップさせてしまう。
その全責任を負わされて職場を解雇されたノラウマは、以降、競馬で身を立てていこうと決意するが、当たり過ぎが災いし、遂には競馬場までも出入り禁止となる。
一切の生活の手立てを失ったノラウマだったが、そんな逆境にめげることなく、文字通りブラブラと野良生活を送り、何物にも束縛されない自由気儘なライフスタイルを満喫するのであった。
その後ノラウマは、翌号掲載の「ジャンケンホカホカ ハイドウドウなのだ」(73年21号)で、虎視眈々と正規レギュラーのポストを狙うかの態度を、エピソード内にてちらつかせるが、ウナギイヌから「また売り出そうとでもしてるんですか⁉」と嫌味を言われたことに気分を害し、話の途中でありながら、出番をボイコット。「あまったコマはラクガキでもしてください‼」と読者に言い残し、以降、最後の最後まで、余白のコマのままページを放置するという、あくまで勝手気儘なスタンスをキープするのであった。
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ウナギイヌもまた、観念上に見出だされた時代の鬱屈感を如実に反映させたアンチヒーローであったが、このように自らの感情と情緒に左右され、無気力、無関心、無責任をとことんまで貫くノラウマの生き方には、過激な政治的志向は失せ、個人主義に徹底する当時の若者達のモラトリアムな傾向が、強く投影されているように感じてならない。
ウナギイヌのように、爆発的なムーブメントを引き起こすには至らなかったが、ノラウマもまた、諦念に身を委ね、そして、シラケ世代固有の価値観をより明瞭に形象化した、謂わば、赤塚幻獣、影のヒーローなのだ。