文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

ウナギイヌ誕生秘話 疲労困憊が生み出した偶然の産物

2021-04-20 07:39:19 | 第5章

赤塚漫画の枠組みを越え、元祖ゆるキャラとして、今尚、幅広い層からの人気を誇る代表的キャラクターが、誰あろう、ウナギとイヌの複合生物・ウナギイヌであろう。

何故赤塚は、リアルには存在しない、ウナギイヌなる規格外の生物を創造するに至ったのか……。

ウナギイヌ誕生の瞬間を、この時アイデアブレーンとして立ち合っていた長谷邦夫は、こう回想する。

「古谷、ぼく、五十嵐、赤塚と四人が一室に集まり、さて会議を開始しようとすると、さらに暑さがつのってくる。どうもエアコンの調子がわるく、きいていないようなのだ。

「ねえ、こんなに暑いんじゃ、軽くビールでも飲みに行こうか」と赤塚がポツリと言った。

~中略~

「近くでチョッと一杯だけだよ」

「近くって?」

「新宿の『うな鐵』(名和註・赤塚行き付けの老舗鰻店)。夏だからさ、ウナギを食べて体力回復しようよ」

「ダメダメ新宿なんて……。ね、先生そのウナギいいじゃないですか、ウナギの話いきましょうよ」

五十嵐クン、何のアイデアも無いのに調子いい。とにかく話をアイデアの方向へ振った。

「目ン玉つながりのオマワリがウナギを食べたいんですよ」と強引である。

「あいつはウナギなんか食べるほどの金のない奴なんだよ」と赤塚は投げやりだ。そこで「そーか。じゃあウナギのかわりに何を食べてるのかなあ……」とぼくが話をつないだ。

~中略~

「オマワリはウナギどころか犬なんか食べちゃうんじゃないかね」

「犬……、犬喰うのは中国人だけだ」と赤塚。

「いや、ズバリじゃなくて、犬がウナギに見えちゃうわけよ。それで思わず食べる」

「見えないよ、それ。ウナギと犬じゃ離れすぎだ」

「見えないけれど、真夏の猛暑でオマワリはクラクラしているわけ。要するに妄想で見えてくるってのはどう?」

「幻覚か」

「そう」

たしかに犬がウナギに見えるのは、ちょっと無理がある。そこで、まずウナギの顔をマンガ的に赤塚にスケッチしてもらった。

「あ、それ面白いな。その顔に犬の胴体をつぎ足してみたらどうだろう」

~中略~

古谷がウナギは色が黒いから、犬の胴体は黒くしてみたらと言う。

「なるほど。じゃ体は細く黒くしてと……尻尾はウナギにしてしまおう」

なんとも奇妙な動物の絵が描き上がった。

「ハハハハ! 先生、これ面白いですよ。この犬っていうかウナギの犬が、オマワリの前に現れるんですよ」

五十嵐記者は読者の代表として絵を見ている。彼が面白いといえばシメタものだ。」

(『ギャグにとり憑かれた男 赤塚不二夫とのマンガ格闘記』冒険社、97年)

赤塚は、ブレーンストーミングの時、その際に出たギャグやアイデアにスケッチを施し、ビジュアル的な善し悪しを確認してから、次の展開に進めてゆくという作業を頻繁に行っていた。

言葉ではインパクトを備えた人物やアクションでも、それを絵に起こしてみると、凡庸に見えてしまうケースがままあるからだ。

その際、赤塚自身、納得の行くまで何度もスケッチを繰り返したというが、このウナギイヌ誕生に関しては、長谷の記述を見る限り、通常よりも比較的安産だったようだ。

因みに、赤塚が新宿の「うな鐵」に行きたいと思ったのも、この日がちょうど土用の丑の日だったからだという。

もし、この時、エアコンの調子が良く、快適な環境でアイデア会議を進めていたら、またこの日が土用の丑の日ではなかったら、ウナギイヌが誕生することなど、勿論なかっただろう。

そう、ウナギイヌとは、赤塚の猛暑日故の疲労困憊がもたらした偶然の産物であり、また、必死に赤塚をアイデア出しに仕向けた五十嵐記者の功績によって生まれた名キャラクターなのだ。

かくして、ウナギイヌは、「週刊少年マガジン」1972年33号掲載の「ウナギの犬のかばやきなのだ」で初見参する。

酷暑の中で、ウナギイヌに遭遇した目ん玉つながりが、蒲焼きにして食べてしまおうと、ウナギイヌを追い掛け回すエピソードで、目ん玉つながりから無事に逃れたはいいが、結局はパパに捕らわれ、バカボン一家に食べられてしまうという悲惨な結末を迎える。

この時、ウナギイヌは、ひと言も発しておらず、また蒲焼きにされて食べられてしまったという身も蓋もない落ちから勘考するに、恐らく赤塚は、ウナギイヌを一回限りのゲストキャラとして登場させたのかも知れない。

だが、ウナギイヌに対する読者からの反響が凄まじく、翌々号掲載の「カエルはカエルがさばくのだ」(72年35号)の扉ページにワンカットだけ登場。この時「またでたぞ ワンワン ウナギイヌだぞ」「こんかいはここだけだけど こんどからバッチリでるぞ」と、翌号からの登板を告知している。

この時点でもまだ、明確な性格付けがなされていないウナギイヌだったが、ファンシーの中にも、毒とインパクトを含んだそのキッチュな奇態が、大いにウケたのであろう。

そして一号後、「天才ウナギイヌ」(72年36号)にて『月光仮面』の替え歌「ウナギイヌは誰でしょう」をBGM代わりに再登場を果たす。

真紅のマントを翻し、さながら特撮変身ヒーローであるかの如くスタイリッシュさを纏った、何とも華々しいカムバックであった。

(ウナギイヌのテーマソングに『月光仮面』の主題歌のパロディーを選曲したのは、モップスによる同名曲のヒットがこの時まだ記憶に新しかったからだと思われる。)

このエピソードでは、ウナギイヌの衝撃的とも言うべき出生の秘密が白日のもとに晒される。

ウナギイヌと再会を果たしたパパは、その正体を探るべく、ウナギイヌの家まで押し掛ける。

パパが連れて来られた家は、半分が陸地に、半分が川に浸かった、まるで水害に遭ったかのような犬小屋だった。

そして、同居する両親をウナギイヌから紹介されたパパは、ウナギイヌが生誕するに至った驚愕の事実を知ることになる。

ウナギイヌ一家の話によると、犬なのに泥棒猫をしていた父犬(モン吉という名があるらしい。)が、魚屋の店頭で出会った母鰻と駆け落ちし、周囲の反対を押し切り、国際結婚(?)をしたというのだ。

父犬は、新居を構えるまで、妻を水筒に入れて生活し、漸く家を建てた時、改めて長男となるウナギイヌが生まれたそうな。 

尚、1972年「週刊少年マガジン」51号掲載の「衝撃の告白‼ 作者が明かす ウナギイヌの正体」と題された特集記事では、ウナギイヌ一家の家系図が転載され、本編では一切登場しないキャラクターが、ここで一挙紹介されている。

この家系図によると、ウナギイヌには、姉のウナギイヌ江と妹のウナギイヌ子という姉妹が存在し、姉はポーラ化粧品のセールスレディーとして、妹は従軍慰安婦として各々働いているらしい。

姉はべしの子供・コルゲンコーワと国際結婚し、その後歌手として『ウナ・セラ・ディ東京』(ザ・ピーナッツの同名曲との競作盤だろうか?)という歌謡曲をヒットさせる、ウナコーワなる一人娘をもうけているが、一方の妹は、従軍慰安婦とはいっても、正式な所属部隊は定かではない。

また、父方の祖父が幕府の犬で、後述する幕末珍犬組との繋がりも十分に考えられるなど、全ては赤塚のその時の思い付きで描かれているため、ウナギイヌ一族の謎は更に深まるばかりだ。